モアイの誘い
ムーチャスエルテのジフ ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

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COLOMBIA
第 6 話
国境を越えてトラベラーズチェックを作れ
2000年04月下旬
マラカイボへの道のり
マラカイボ
アンデス山脈に沿って北上

ペレイラからボゴタ行きの
バスに乗り込んだ僕は
前日から乗り込んでいた松本さんと
ホテル・アラゴンで再会した。
松本さんは両替情報を前日に集めれくれていて、
シティバンクで両替できることや、
セントロの両替はレートが
悪いことなどを教えてくれた。
その中でも一番大きかったのは
松本さんがアラゴンで会った宝石商、
兼両替商のジョンという老人だった。

彼はエスメラルダをヨーロッパに輸出して生計をたて、
またボゴタの新市街で両替商を営んでいるとのことだった。
彼はどこよりも安いレートでドルを
買わせてくれることを約束してくれた。
なんという、幸運だろうか!!
後日分かったのだが、ジョンの経営する
両替屋はなんとボゴタで一番安くドルを
購入できる地帯の一角に存在したのだ。
そこは非常に分かりづらい場所にあり、
もしも自分で探していたら
1月、2月かかっても探し出せないところに存在していたのだ。
そこではドルは安く購入できるが、
他のところは以上にドルは高かったのだ。
もしも、松本さんがジョンと会うことがなかったら、
ボゴタの両替の成功はなかったということは断言できる。

人との出会い

それは人間の人生を変える。

松本さんに感謝したい。
いろいろな紆余曲折はあるが、ボゴタに滞在した1週間くらいで
1500ドルほど荒稼ぎした。

まあ、そのかわりにシティバンクには
出入り禁止となってしまったのだが。


やはり、コロンビアはブラックマネーのにおいのする国であるから、
マネーロンダリングを防止するため、両替には敏感であった。

僕はもっと資金を増やそうとなんとベネズエラにいくことに決めていた。

ベネズエラでドルのトラベラーズチェックを作って、
コロンビアで両替して稼ぐという手段である。


果たして、そんなに遠いところまでいって、
大量のドルを手元にもつというリスクを背負って
数%を増やすことにメリットはあるのだろうか?

はっきりいって、メリットとデメリットを考えれば数%のために
100%を失う可能性があるのだから、
デメリットのほうが高いといえる。
ハイリスク・ローリターンである。

しかし、僕はお金を回転させてお金を作れると
いう魅力に見せられていた。

こういうお金の稼ぎ方もあるのだなと。

日本で働いたほうが、安全にお金を増やせることは間違いないのだが、
自分で調べて、行動してお金を稼ぐということに快感を覚えていた。


僕はベネズエラに向かうバスへと乗った。
当初は国境でトラベラーズチェックを作って帰ってくるはずが、
とんでもないところまでいってしまうことになる。

それもある出会いだ。

僕はバスの中でベネズエラ人のエレーナという女性に会った。
年は20歳くらいであろうか、海岸地方で育ってきたというような
小麦色の肌をした女性であった。

彼女はマラカイボまで帰るとのことだった。


なんと僕はこのまま、国境の町で両替をすればいいものを
彼女の育った町まで行くことに決めた。

地元の人と一緒に回る町というのは非常に楽しいからだ。
僕は遺跡なので観光名所よりは、その地元に住んでいる人たちとの
触れ合いを好むのだ。


遺跡などは、この若いうちに見なくても
年齢がいってからみても遅くないのだ。

しかし、若さというのは貴重なもので、
若いうえにできることがあったり、
若さの特権というものがある。

年齢がいったら、相手にしてくれる人は少ないだろう。
若さの魅力というのは自分が思っている以上に大きい。

彼女といっしょにカリブ海沿岸のベネズエラという国の
心臓ともいえる石油の産地で有名なマラカイボについた。

これから、彼女の家にでも居候しようと思っていたが、
彼女とはバス停で別れた。

ベネズエラの生活をしてみたかった自分にとって
それは残念なことだった。

安宿に泊まり、次の日にはトラベラーズチェックを作り両替の準備は整った。

ベネズエラはコロンビアが親日的なのに対して、
日本については無関心のようだった。

東洋人は全て中国人という枠組みである。

コロンビアはプレイステーションからはじまり、
トヨタの車、ドラゴンボールと日本の文化が大量に入っているが、
ベネズエラではアメリカ車が多く、日本車は非常に少なかったように感じる。

僕はコロンビアに戻り、両替の仕事を続けることにした。

なんと、思ってもいなかったコロンビアのコスタに向かうことになり、
楽しみである。

コスタの女性は解放的だとか、気候がよくて最高だと
噂をきくが、本当なのだろうか?

それでは、次回はコスタ ( 海岸 ) 編で会いましょう♪

次回はとんでもないハプニングがカルタヘナで起こることになります。



次回に続く!!
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ガラパゴス海亀アンディーの旅の話しのコーナー
アンディー どうも。ガラパゴス海亀のアンディーです。
今回の話もなんというか
キレにかける内容でしたね?
これでは、最後まで読んでくれている人はちょっといないでしょうね
アンディー 英則。どうした?
最近の旅日記、いまいちキレがないぞ。
どうした。顔だけでなく、体の調子も悪いのか?
最近大丈夫か?
ひでのり アンディー。こんにちは。
悪いのは顔だけにしておくよ
アンディー そうか。顔が悪いのは先天性のもので
しょうがないけど、もうちょっと
面白い旅行記を書いてくれよ。
こっちの張り合いがないじゃないか。
まあ、人から見たらつまらない旅してるから
おもしろく書けといっても
難しいけどな ( 納得 )
ひでのり アンディー。まったくそのとおり。
まあ、けど今回はいいんじゃない。
両替楽しかったし。
アンディー そうだな。なかなか短期間で稼いだな。
しかもそのお金をまた回転しようと節約していたそうだな。
ひでのり そうだね。
もっていたら、増えるからね。
それは節約するよ。
日本では0金利だから
ちょっとなって思ったけどね。
昔は銀行に預けておいただけで
金が増えるというのが普通だったんだものね
アンディー そうだな。
金は複利で増えているからね。
アメリカの国の起こりで良くある話だけど、
インディアンが昔ニューヨークを何十ドルで売ってしまったことを
馬鹿にするものがいるけど
それを年10%くらいの金利で預けていたら
今ではアメリカ本土全部かえる以上になっているらしいもんな
ひでのり そのようだね。
短期の高い・安いも重要だけれど、
長期で考えると節約って重要だね。
日本人なら1年間最低でも100万以上は使うと思うから
物を20%OFFで買っていれば年20万で、
10年で200万だもんね。
なかなか、膨らむものだね。
アンディー やっと。分かったか。
英則。
節約の重要性が!!
お前は学生のときから

金使いが荒いから将来が非常に心配だったんだ。 そうだ。節約は重要だぞ。
例えば企業なんて100円の利益だすのに
1000円のものを売らなければならないわけだし、
日本なら1万円預けれても1年間で利息はたったの
1円だからな。
ひでのり 自分もちょっとわかるのが遅かったね。
ただ、母さんの教えでお年玉とかは
小さい頃から貯金していたんだけど
それは、預けていて2倍以上に増えたしね
アンディー そうか、それは良かったな。
やっぱり、年配の人の話は重要だぞ。
人生経験豊富だから、先見の明があるからな。
ところで、お前、
トラベラーズチェック作るのに国境を越えるって 気合い入っているな
ひでのり ちょっと気合い入りすぎたよ。 ベネズエラって非常に検問が多くて4回くらいチェックがあって、
ドル札の束を見られたときにこれは駄目かなってときがあったよ。
何十枚もあるから、数枚抜かれても分からないからね。
かろうじて無事だったけどね。
あぶなかった。
アンディー そうか、それは良かったな。
下手したら偽札だとかいわれて
全額没収されて、刑務所まで見えるからな。
ラッキーだったな。何もなくて。
ひでのり そうだね。あのときは緊張したよ。
見られたときに、何枚かはしょうがないなって思ったもん。
何枚かっていっても数万円になるから痛いよね。
取れられたら何のために国境越えてまできたのか分からなくなるからね(笑)
アンディー 次回はまたコロンビアに戻って活躍か。
次はカリブ海で何をしてくれるのか
楽しみだよ。
ひでのり そうだね (^0^)
楽しみだね。
真夏の太陽が男と女を狂わせるか!!
アンディー おお。英則。待ってました。
エロネタ。
次回からはエロ特派員ともいわれたお前の本領発揮か
ひでのり まあ、なんてね。
次回はハプニングだよ (/・・)
それでは、
また次回お会いしましょう
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ひでのりの旅で学んだこと
第 6 回 国境を越えてトラベラーズチェックを作れ 2000年05月下旬
ひで旅のメモ 1.人との出会いは重要だ。 もしも松本さんがジョンを紹介してくれなければ両替の成功はなかった。
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