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ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!
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2800メートルの刑務所ガルシア・モレーノ5!! 2001年08月20日 |
僕はできるだけの声をだして 「 YUJIさ〜ん 」 「 GOTOさ〜ん 」 と鉄格子から顔を出して、下の広場に向かって叫んだ 2人にも声が聞こえたようで、 こっちに向かって手を振っている。 とにかく、嬉しさでいっぱいになった。 自分の危機に友達がかけつけてくれたのだ。 私はすぐに、看守のところにいって、 友達がきているから ここから、下に行かせてくれと 頼んだ。 看守は一度、下に降りて上司に確認すると いって、下に降りていった。 2人に 「 今から下におりま〜す 」 と大きな声で嬉しそうに伝えた。 しばらくして、 看守が戻ってきて、 下におりる許可がおりた。 しかし、自分ひとりだけということだった。 2人に会うなり、 「 すいません。ありがとうございます 」 と単刀直入にお礼をいった。 とにかく、こんな危険なところまで 来てくれる友達にお礼をいいたかった。 YUJIさんは 「 坂本君。大丈夫だった? 今、まわりにいろいろな人がいるけど 生まついての悪だね。こんな顔、なかなか町じゃみれないよ。 いいものみせてもらったよ。 こいつら見て坂本君が心配になっちゃったよ。」 とかなり心配してくれていたようだった。 「 ええ。僕もここについて、彼らの顔を見たときに もう助からないと思ったんですけど、実は一階の人は ベテランで、上の階にいくほど、新米になるんです。 それで、自分は一番上の階でした。 」 GOTOさんはいつものとおり、落ち着いたかんじで 左手をリーバイス501のジーンズにポケットに突っ込みながら 右手でタバコをふかしながら、 「 坂本君。心配したよ 」 といつものように落ち着いた様子で 優しく声をかけてくれた。 YUJIさんが坂本君も一本どうと タバコを勧めてくれたので、 一本いただくことにした。 YUJIさんの手元のマルボロの赤い箱が 目にまぶしい。 僕はぎっしりと詰まったタバコの箱の 上部の真ん中あたりから 一本のタバコを、人差し指と親指で力強く そして、丁寧に引き抜いた。 口元に持っていこうとすると、 GOTOさんのジッポの火が自然に口もとにあった。 GOTOさんは何もいわず 絶妙のタイミングで自分に火をくれた。 自分にはこれが 「 坂本君。おつかれさま 」 と聞こえた。 僕はタバコを口にくわえながら、 自由の空気を肺の中にいれられるだけ入れた。 意識はしていなかったが、 自然に目をつぶっていた。 数秒間何も考えない至福の時を味わい、 安堵感とともに煙をやさしく、 アンデスの空気の中に帰した。 束縛から自由になって 刑務所で吸うタバコはうまい。 GOTOさんによると 2人は昨日の電話の後、タクシーの運ちゃんから 刑務所の情報をききだし、 すぐにここに来てくれたということなのだ。 しかし、時間が遅かったため、 入ることは許可されなかったということだった。 そして、日曜日である明日は面会は禁止されているから 来ても無駄だと、受付にいわれたが、 心配で朝からきてみると、午後から面会できることになったと いわれて、一度スークレに戻ってから、 また来てくれたということなのだ。 2人のその行為に非常に感謝した。 そうしているうちに、 GOTOさんが話しをきりだした。 「 ところで、坂本君。 ここをでれるかどうかは、もうちょっとしたら やってくるという弁護士と交渉して決めることになるらしいんだよ。 それで、本人は交渉できないので、俺かYUJIさんのどちらかが 坂本君にかわって交渉することになるらしいんだけど 」 「 あ。そうなんですか。僕はてっきり他の場所で 弁護士と交渉して、でれることになると思いました。 ここに来てくれるならいいですね。 行く手間が省けるし。 」 僕も二人がきてくれたことから、 余裕がある言葉をいえるようになっていた。 まあ、しかし、このチャンスを逃すと いつでれるか本当にわからなくなってしまうので 「 金はいくらかかってもいいので とりあえず、できるだけ早くここを出れるように交渉してください。 お願いします。」 とGOTOさんとYUJIさんに自分の意思を伝えた その後の弁護士との交渉で はじめは、100ドルといわれたらしいが、 GOTOさんの1時間の粘りで 40ドルまで釈放金は下がった。 そうして、僕とMasaakiさんは 牢獄から釈放された。 その日は出所記念ということで 釈放された二人が 釈放してくれた二人を招待して 日本食のFUJIにいき、 その帰りにヒルトンコロンのカジノで 遊んだ。 2人で、招待するはずだったが、 年長のMasaakiさんが全てだしてくださった。 Masaakiさん曰く、YUJIさんと GOTOさんの男らしさに心をうたれたということだった。 Masaakiさんは 「 YUJIさんってあの優しい言葉遣いと 端整な顔立ちと度胸、かっこいいよね。 GOTOさんも、一見無口だけれど、 一言、一言に重みがあってかっこいい。 坂本君。二人には感謝しても感謝したりないな。 」 と感謝の気持ちを嬉しそうに語っていた。 YUJIさんとGOTOさんの 心温かい行動に感謝である こうして、僕たちの短いが長い刑務所生活は終りを告げた。 次回お楽しみに!!
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| ガラパゴス海亀アンディーの旅の話しのコーナー | |
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みなさ〜ん。コモ・エスタ〜 アンディーです。 |
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英則。お前、どうやら無事だったらしいな |
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アンディー どうにか、無事でした(笑) |
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そうか、それはよかった。 ( くそ。ついにあの世行きかと思ったのに・・・ ) YUJIさんとGOTOさんの迅速かつ勇気ある行動に助けられたな |
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全くそのとおりです。 YUJIさん。GOTOさん。どうもありがとうございました。 |
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しっかり、感謝しろよ。 基本的にあんなところ、無法地帯で ミイラとりがミイラになるなんてあたり前だからな。 2人がこなかったら、助けなんてこなかったぞ。 |
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そのとおりです。 |
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まあ、中に入って何か考えたこととかあった? |
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そうだね。かわったというか、
理屈でわかっていることを実感できたって
かんじだね。
よく、食事を大切にしなさいっていわれるけど、 日本で24時間いつでも食べれる状態でそんなこと いわれても、実感はわかないだろうと思う。 まあ、今回飢えを感じて食事できる喜びをしったってかんじだね。 |
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そうか、やっとわかったか。遅すぎる 他にも何か感じたことはあったのか? |
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他には権力というのをはじめて意識したね。
いやあ、権力の前では理屈なんてないから 注意だね(笑)。 これからは長いものには巻かれるようにします(爆笑) あとは、お金を失ったら完全に終わりだね。 今まで、無一文になるなんて、経験なかったし、 しかも、身寄りのない土地でのことだから、 動揺は大きかったね。 今回に関しては金の有用性を意識するよりも、 金を失ったときの恐怖というのを感じたね。 また、食事のときに、食器をくれた おじさんの優しさにも感謝だね。 やっぱり、危機のときは 人の優しさが心にしみるよ。 |
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そうか、なかなか人生の勉強しているじゃないか。
食べれることの喜びを知り 権力の存在を知り 金の大切さもわかった そして、人の優しさも 友達の大切さもわかったと。 |
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そのとおりです。 本当にYUJIさんとGOTOさんに感謝しています あのまま、助けがこなかったら、どうなっていたかわからなかったです。 ちなみに釈放された次の日から風邪ひいて何日か寝込んだよ。 きっと、相当、寒さが体にこたえたのだろうね。。 |
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まあ、それはそうだろう。
あんな標高高いところで、 外気にされされていたら 死ぬぞ(笑) まあ、今回の経験はすごかったな。 |
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そうだね。
人生について考えさせられる経験だった。 もうこんな経験はいらないけどね(笑) それでは、次回お楽しみに!! |
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| ひでのりの旅で学んだこと | ||
| 第 16 回 | 2800メートルの刑務所 ガルシア・モレーノ5 | 2000年08月20日 |
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1. 食事をできる喜びを感じることができるようになった。
2. 権力の前ではどんな理屈も関係ないということがわかった。 3.お金がまったくない状況では、1秒先も予測することができず、 恐怖感に苛まれることがわかった。 |
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