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スークレの屋上で
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Makotoさんと一緒にサキシリで
買ってきたクイ
屋上で育てていた。
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僕は子供のときから、昔の人が
自然をひどく敬っている
ことに疑問を感じていた。
なぜ昔の人々はをは天に祈りを捧げ、
天に供え物をするのか。
なぜ太陽を崇めるのか?
なぜインカ帝国の王は太陽の子供なのだろうか
僕は科学という名のあたかも万能と
思わせる言葉が猛威を奮う国で育ったせいか
昔の人々の過剰なまでの自然信仰を
完全に馬鹿にしていた。
しかし、僕はスークレで生活しているうちに
昔の人が自然に感謝する理由が痛いほどわかった。
このことは普通に日本に暮らしていたら、
一生わかることはなかったろうと思う。
そのときのスークレの環境は非常に悪かった。
スークレは赤道直下にあるといっても
標高が2800メートルのアンデス山脈の高地。
昼は半袖で過ごせるときもあるが、
夜にはジャンバーが必要なくらい寒くなるのだ。
またスークレの日本人用の部屋は屋上にあるため、
部屋には隙間風が入り込み、異常なまでに寒くなる。
そしてまた、これが最大のネック。
なんとホテルスークレは水シャワーだったのだ。
2800メートルの高地で水シャワーを浴びなくてはならないのだ。
ホテルスークレはみなさんご存知のとおり、地球の歩き方に
掲載されているので、たくさんのバックパッカーが訪れる。
しかしキトで一番安いという理由でスークレを訪れる旅行者も
水シャワーに耐えれないという理由で
到着してすぐにスークレから他の宿に移動していた。
自分がホテルスークレにきたときは、
スークレは寮のようなところだった。
なにが寮のようなところだったかというと
朝8時に全員が起きて、全員一緒に朝食を食べに行く。
朝には誰かが起こしてに来てくれるのだ。
朝食が食べ終わるとスペイン語学校に行って勉強する。
夜には酒を飲みながら語らう。といった生活だった。
共同生活の中で1番大切だったのが、屋上にあるシャワーの使い方だ。
2800メートルの高地で水シャワーをそのまま浴びるのは
日本で普通に育ってきた人には不可能に近い。
一言で言えば修行をするようなものである。
しかし、キトは赤道直下だけあって、朝から天気がよかった場合に限って
昼の11時から12時半まで自然の太陽熱のおかげで
熱くなったシャワーを浴びることができるのだ。
もちろん、雨の日や曇りの日は当然水シャワーのままで
シャワーを浴びるのは修行である。
シャワーを浴びると逆に調子を崩す。
晴天の日はいつも、旅行者同士、
他の人がシャワーを浴びれるように
熱くなった水を節約して使用していた。
10月からキトは雨期に入った。
晴天の日が少なくなり、シャワーを浴びれる日は少なくなっていた。
長いときで1週間ほど、ずっと晴れない日があり、苦しいときがあった。
自分はそのような生活の中で、
ホットシャワーがないと健康を害するということを経験した。
ホットシャワーがどれだけ人の健康に良い影響を与えているかを
知ったのだ。
水シャワーでは体がいくら汚れていても
シャワーを浴びる気にはなれないし、
汚れた体で生活するというのは
何をするにしても気分がのらないものだ。
あるとき
雨が何日も続き、ホットシャワーが浴びれない日が続き、
しかも風邪をこじらし、
体力がどんどんへっていくのを実感した。
日本にいたらホットシャワーに苦労することなど
経験することはなかなかないだろう。
僕はホットシャワーがないことを経験して
初めてその価値を実感した。
人間は失って初めてその価値に気づくという。
第三世界を旅行すると
失って初めて気がつくと
いう体験をよくする。
日本に暮らしていたら、
絶対分からないという価値に気づくことができたのだ。
初めから与えれていたものを、
人間はそれがあるのが当たり前のように感じる。
よく、親が子供になに不自由なく勉強させてあげたい。
いつでもお腹いっぱい食事をとらせてあげたい。
という。
親たちが一生懸命やってきて
今のすばらしい状態があるのだけれど、
子供たちはそれを当たり前に感じてしまう。
しかし親たちは昔それらの要求が
満たされない状態にいたから
その価値を分かっている。
だからこそそうしてあげたいのだが
その状態を経験していない子供たちは
その価値をわからない。
何かを失うことでその価値を知る。
ホテルスークレの水シャワー生活というのも、
自分にとって、ホットシャワーの価値を思う存分感じさせてくれたし、
昔の人が自然を敬う理由を知るのにのも充分であった。
ホテルスークレの水シャワー生活は不自由であったが、
自分にお湯の重要さを教えてくれた。
また、不自由なところで共同生活をすることは
人間を大きく結びつけることを知った。
次回お楽しみに!!
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