モアイの誘い
ムーチャスエルテのジフ ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

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ECUADOR
第 8 話
おいしいおいしいカップル旅行 後編
2000年01月上旬


Makotoさんが捕まった翌日、
僕は苦手な早起きをして
Makotoさんの身元引き受けの手続きを始めた。
弁護士を通さないと書類は発行されないといわれたが
駄目でもともとで、
まず、入国管理局にいってみた。
やっぱり弁護士を通さなくては書類を発行することはできないということだった。

僕は一刻でも早くMakotoさんを
救おうとカリカリしていたけれど、
マリアとカレンはエクアドルでは、
こういうことは
よくあるのであまり気にしなくてもいいといっていた。

入国管理局の近くに弁護士事務所はあり、
そこにいくことにした。

弁護士とは一対一で交渉するように
なっているようだった。
相談室という部屋が奥にあるようだった。
待合室には、誰かを待っているような
不安な顔した1人の若いエクアドル人がおり、

『 どんな問題がおきたの? 』

と尋ねてきた。

『 友達がパスポートを
  持っていなくて捕まってしまったんだ。
  それで、身元引き受け人が必要になって
  ここに頼みにきたんだ。』
  
と僕は簡潔に答えた。

彼は同情したように
『 そうなのか。それはかわいそうに。
  けれど、それは彼らが小遣いを
  欲しくてやっていることだから。
  お金で解決するしか方法はないね。
  まあ、ここでいくら払うことに
  なるかはわからないが、
  君たちが金を払うまではその友達は
  収容所からでることはできないだろうね。 』
  
と僕に語った。

僕もそのことは分かっていた。
やはり、目的は金であり、

ここの警察は保釈金欲しさに
人の罪を探しているのだ。

世の中全てがそうではないが、
現実にはこういう世界は存在する。

自分はとにかく、この腐敗したような
現状に怒りをかんじたが、
自分が感情的になったところで、
どうにもならない。

社会の流れを変えることは不可能だ。


僕はMakotoさんの

『 書類はいらない。
  彼らに金を払ってはいけない!! 』
  
という言葉が気になったが、
もうこういう状態になってしまったら、
もがいてもしょうがない。

僕はどのように、
保釈金を安く抑えるかということを
思索していた。

今回なぜ、Makotoさんが捕まったか。
やはりそれは外国人であるからに間違いない。
エクアドル人の所得に比べて外国人観光客の
持ち金は相当である。

僕の読みでは、今回の事件は
ホテル側が警察に連絡して
意図的に起こしたものと
僕は思っていた。

もしも2人いっぺんに逮捕してしまったら
2人とも収容所に入れられてしまい、
保釈金を払う人がいなくなってしまう。

だから、どちらか1人を収容所にいれて、
その相棒に保釈金を払わす。

それが、一番効率がよい。

僕と彼女たちがでかけて、
Makotoさんだけがホテルの部屋に残った。
それは警察にとってチャンスだったのである。

そんなことを考えながら、僕たちは
弁護士と話し合う順番を待っていた。

やはりさすがラテンアメリカで、
時間の流れがルーズである。
午前9時30分をまわったあたりにここに着いて

『 ちょっと待って 』

の一言をきいてから
もう一時間がたっている。

とにかく、警察や弁護市は外国人が金をもっていることを
知っている。したがって外国人である僕が
交渉したら、話し合いは不利になる。
そう判断してマリアに話し合いをしてもらうことにした。
僕はスペイン語を全く話せないという路線でいくことにした。


彼女が相談室にはいってからもう30分以上はたつだろうか。
話は難航しているようだ。

時間だけが過ぎていっていた。

そうしているうちにマリアが顔をだした。
彼女は話し合いに疲れているような顔つきをしていた。


『 ひで。はじめは250万スークレ(100ドル)といわれたけど、
  100万スークレ(40ドル)で大丈夫よ。
  もうそれ以上は下がらないみたい。 』


40ドルというのは5000円くらいで
それほど高い気はしなかったが、
エクアドルではそのとき、
日給がだいたい200円くらいだったので、
日給の25倍である。
なかなかのお金である。

まあ、しかしここで
変にもめて事を悪化させることは避けたかったので
40ドル払うことにした。


まあ、どうにか身元保証人は見つかった。

そして、マリアによると、
もう一度出入国管理局に戻って、書類を取ってきて、
それを持って、またここに戻り、弁護士と一緒に
出入国管理局にいって手続きをして、
そのあと、弁護士立会いのもと収容所にいって
Makotoさんが釈放されるということだった。
かなり煩雑だ。


出入国管理局でまたまた何時間も時間をとって、
弁護士と一緒に収容所についたのは
もう日が暮れようとしている頃だった。


収容所では、またまた栄養不足の黒人たちが

『 中国人。金よこせ。 』

と罵声を浴びせてきた。

誰がこんな奴らに言葉という神聖なもの
を教えてしまったのだろうか?

収容所は東洋人の登場でまたまたざわめいた雰囲気となった。

収容所の窓に目をやると
なんとMakotoさんの顔ひょっこり顔を出していた!!

Makotoさんの顔はなんだか元気がなく、
お母さんとはぐれてしまった
迷子の子供のような表情になっていた。

弁護士が手続きを終えて、Makotoさんが釈放された。

Makotoさんの第一声は

『 さかもっちゃん。おそいよ〜 』

だったのを記憶している。

昨日までの

『 助けはいらない 』

の言葉とは正反対であった。

しかし、それが人間らしくてなんだか、あたたかく思えた。

こうして晴れてMakotoさんは自由の身になった。

Makotoさんはその警察を訴えようと、
それにかかわった人の
名前を暗記していました。
『 せばすちゃん。ごめす。あれはんどろ 』
まだまだ虫のいどころが悪いようだった。

その翌日、Makotoさんはキトの日本大使館に電話してそのことを
話した。しかし、パスポートを持っていないほうが悪い。
といわれて、Makotoさんは訴えることをあきらめた。

自分はそれが一番いいと思った。

もめたところで何の得もないのだから。


また、僕はというと、
マリアの携帯電話に
電話があって、
マリアたちはなんと、エスメラルダからキトまでの7時間の道を
タクシーで帰ることになった。
突然のことではじめは放心状態だった。

おいしい旅行は始まったばかりなのに!!
たぶん、電話の人物は7時間のタクシー料金をだせるくらいの人物なので
相当の男なのだろう。
といってもそのときは
エクアドルの物価は非常に安くなっており
エスメラルドからキトまでの7時間の道のりを
タクシーで帰ってもたったの5000円という
異常な物価だった。

そうして僕は間男になった。

マリアはキトに一緒に帰ろうといっていってきたが、
僕は他の男にマリアをとられるということに、
かなりのショックを受けていた。

楽しいはずの旅行が
このような哀れな結末を迎えることになるとは
誰が予測したか。

僕はこのいきなりの出来事に
どうしていいかわからない状態に陥っていた。

とりあえず、顔を似合わないが
紳士っぽく彼女たちの荷物を部屋から
ホテルの前まで運び、タクシーに乗せた。

僕は彼女たちを見送るときもまた放心状態だった。
彼女は

『 私は帰りたくないのだけれどしょうがないの。 』

『 好きよ 』
といっていたが、
私は基本的には人の言葉よりも
行動に着目するほうなので
その言葉は何をいいたいことのか
わからなかった。

別れのキスもすることもなく、
ホテルの前で彼女のタクシーが
その場を離れるのを見送った。

彼女は悲しそうな顔をして、
タクシーの後部座席から
僕のことをずっと見つめていた。
彼女の乗ったタクシーが僕の視界から見えなくなるまで。

彼女は相当のやり手ということを
その行動から再認識した。

そうして、彼女を乗せたタクシーと僕のはかない夢は
エスメルダという美しい宝石の名のつく港町の夜に消えていった。


タクシーが見えなくなっても、
僕はタクシーが見えなくなった場所を
もの悲しそうに見ていた。

気がつくとMakotoさんが僕の右肩に手をあてて、
こう声をかけてきた。

『 坂もっちゃん。今回はたしかに悔しいけど。
  こういうこともあるよ。
  マリアよりいい女を見つけて後で見せつけて
  やればいいんや。
  坂もっちゃんならできるよ。
  このままじゃ。風邪ひいちゃうよ。
  部屋に戻ろうか。』

そうして僕たちは部屋に戻った。


僕はこのまま部屋にいても心が憂鬱になるだけなので
浜辺の屋外のディスコに踊りにいくことにした。

Makotoさんはいきたくないといっていたので、
自分ひとりで踊りにいった。

つらい思いをしたときは踊るに限る。

港町らしく、屋外のディスコはさわやかな海風が吹いてくる
すばらしいところだった。

そこではメレンゲやサルサが流れていて、
いろいろな女性と踊って楽しい思いをした

やっぱり夏の熱気は人間の本能にうったえる。

僕はそこでベロニカという16歳の
ややブラックの血がはいったメスティーソの女の子と出会った。
彼女は目がぱっちりしていて瞳が美しい女の子でした。
体も日本人では・あ・り・え・な・い・ダイナマイトバーディだった。
16歳でこの発育のしかたはやばい。

特に話し方がかわいかった。。
絶対自分の目をみてからタイミングをみて話しかけてくるというのが
なんだか自分のことを気にしてくれているような気がして
魅力的だった。
彼女は家族といっしょに踊りにきていました。


彼女のおじさんに紹介されて、彼女の姉に紹介されて、
彼女のいとこの2人のきれいな女性にも紹介されて
僕は彼女の家族とその日の夜を楽しんだ。

その夜、彼女の家に泊まることになりました。
その日は彼女と一緒のベットで
眠りました。
本当にただ眠っただけだったのが
残念ではあったが(笑)
コスタ(海岸地方)のオープンな人間関係を
感じました。

マリアを見送ってから何時間かあとのことで。
なかなか人生はわからないものだと感じた。

そしてその日から彼女の家で暮らすことになりました。

僕は港町の開放感と人間性を味わった。

毎日とにかく時間があったら
家族と踊ったり、海岸に遊びにいったり
遊ぶだけの生活だった。

彼女たちと別れるのは名残り惜しかったが、
持ち合わせのお金もなくなり、
VISAもきれそうになっていたので
10日ほどしてキトに帰った。

こうして、僕とMakotoさんの
おいしいおいしいカップル旅行は幕を閉じた。

Makotoさんは警察に捕まり、
僕は女にふられ、
全然おいしくなかったというのが本音。

僕としては自分が刑務所に入れられて、
Makotoさんに助けてもらうほうがよかった。
それというのも刑務所に入るなんて、すごい体験なので、
自分ができたらよかったなと思った。

そのときは、その願いはまさか現実になるとは
全く思っていなかった。

次回お楽しみに!!
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