モアイの誘い
ムーチャスエルテのジフ ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

トップページに戻る
前回の旅日記へ 旅日記の目次へ 次回の旅日記へ

ECUADOR
第 9 話
悲劇のドラリサシオン
1999年12月
スークレの日常の風景
スークレ
スークレの従業員と一緒に
我が日本の自国通貨の円が 1ドルいくらかご存知ですか? 100円くらいかな? いや360円に固定されている? いや130円だ。 まあ、いろいろと思うところもあるだろうが ドル預金している人以外は 日本では基本的に円しか使わないので あまり円が外国の通貨に対して いくらかなど気にならないというのが 一般的だろうか。 こんな質問をする私自身も 日本にいるときまで、 はっきりいって 為替にまるで関心がなかった。 96年のとき、田無寮で同室だった 小西君のお兄さんが アメリカに留学していて、 昨年円高になったため小西君のお母さんが 仕送りが楽になって喜んでいるという話をきいた。 その頃の私はそのような話をきいても ああ。そうなんだ。良かったね。 とすましてしまうくらいのものだった。 私が自国通貨に関心を持ち始めたのは つい最近のことで、 旅行にでてから5ヶ月くらいしてからであろうか。 1999年9月ごろである。 私は日本円のレートを見て驚いた。 というか落胆した。 なんと1ドルが107円になったのだ。 私が日本をでるときには123円だったのに!! 僕の資産の大半は旅行のために 円からドルのトラベラーズチェックに替えられていたのだ。 円はその後も102円ほどまで上がったと思う。 私の少ない資産は円高とともに 減っているかのように感じられた。 アルバイトで苦労して稼いだ資産が 減っていくのはなかなかショックだった。 人間知らなければ良かったということは数あるが、 この為替もその1つかもしれない。 現実僕が2年ぶりに日本に帰ってきた 2001年4月には1ドル119円だったのだから。 たかだか10%の目減りであるから、 それほど心配することもないのだけれど。 前置きはこのへんで終わりにして。 1999年の年末といえば、 私とMakotoさんがカジノで連戦連勝していたころである。 エクアドルはクーデターによる政局不安で 自国通貨スークレの価値は日を増すごとに下がっていった。 私がエクアドルに足を踏み入れた 1999年9月には1ドル11000スークレであったものが、 その3ヶ月後の今、1999年12月半ばには 1ドル18000スークレになってしまっていた。 たったの3ヶ月で50%以上も下落していた。 スークレという通貨で資産を持っている エクアドルの人々の資産は 随分と減ってしまった。 僕のエクアドル人の友達でも その明暗は大きく分かれる。 パトリシアは初めて会ったときから、 自国通貨を完全に信用していなかった。 その日に稼いだ自国通貨は 必ずその日のうちにドル紙幣に両替していた。 サンドラの場合なら、 スークレの下落はあまりにも急激であったため、 少しは戻すのではないかという読みだった。 それでなかなか両替せずにいたのだが、 いつのまにか25,000スークレになっていた。 私もエクアドルの通貨が日に日に下 落していくのを目のあたりにしながら ドルで持っていれば儲かることはわかっていたのだが、 金銭の持ち方は素人だった。
5000スークレ
5mil
その当時でスークレの
一番安価な紙幣
12月22日の深夜はまたしても、ブラックジャック必勝作戦で勝利し、 ポケットに入りきれないくらいの5万スークレ札(当時3ドルくらいだろうか)を 手に入れて、得意の絶頂になっていた。 部屋には使い切れないくらいのスークレ札が置かれていた。 その翌日のことだった。 昼起きて新聞を読んで初めて見るスペイン語が存在した。 『 DORALIZACION 』 ドラリサシオン?なんだこのききなれない言葉は、 そして記事を読んでいくと、 『 1ドル=25000スークレ 』 ええええ。僕は目を疑った。 1日でこんなにスークレが下落するなんて!! まさかの出来事だった。 僕のスークレで持っている資産はその記事とともに 減少した。 エクアドル政府は自国通貨を放棄して 来年からドルに自国通貨を切り替えるということだった。 稼いだ金は毎日ドルに替えるということを習慣に おけばよかったのだが、僕は面倒くさがって そうしていなかった。 そのため、50ドル程のお金が寝ておきたら減っていたのだ。 まあ、たかだか50ドルのお金でたいしたことはないのだが、 そのころのエクアドルはホテルスークレは40セントで一泊できたくらいの 金額だったから、50ドルの価値は大きい。 大きな目でみればドル資産のほうを多く持っているので スークレの暴落は自分にはプラスなのだが、 スークレをドルに替えるだけでできる 基本的な資産運用ができなかったというのが 自分にはショックだった。 円とドルでは円高・円安は読みにくいけれど 南米の通貨はドルに対して基本的に 下落を続けるのは目に見えているのだから。 金の問題ではなく、自分の資産運用スタイルに 落胆した出来事であった。 次回お楽しみに!!
  ページトップへ戻る
前回の旅日記へ 旅日記の目次へ 次回の旅日記へ

ガラパゴス海亀アンディーの旅の話しのコーナー
アンディー 全世界5,000億の女亀ファンのみなさま。
おまたせいたしました。 アンディーです。
アンディー 英則。今回もつまらないな。
分かりきっている話なんかするなよ!!
敏腕為替ディーラーで為替のアンちゃんと呼ばれた
ワシにとったらわかりきっていてつまらなんな
ひでのり 師匠。すいません。
国際事情にうとい私は
為替の問題は難しかったもので
アンディー まあ、それはしょうがない。
お前の頭では理解することは不可能であろう。
お前の頭はいつも女のことでいっぱいだからな。
その部分をもう少し使えれば理解できる可能性はあるけどな

お前はエロイ。したがって為替は無理であろう。
ひでのり アンディー。 まあ、人間はみんなエロだからしょうがないよ。
そんなこといったらアンディーが一番エロじゃん。
ところで、自分が出国してからちょっとして円高になったんだよ。
汗して働いた金がなんか減った気分になって悔しかったよ。
アンディー そうか、お前ははっきりいって運が悪い(笑)
ワシなんか95年に80円でドル買いで
98年に140円でそのドルを売って
ウハウハだったけどな。
まあ、1ドル360円時代をしっとるワシにとったら
このくらいの見通しはチョロいよ。
ひでのり ・・・1ドル360円時代知ってても関係ないのでは・・・・ 年寄りはいつも昔を知っているから強いっていうよな
さすがは師匠ですね。
女の見通しだけでなく、為替の見通しもすごい!!
あとでコツを教えてください。
アンディー やだ
ところで、お前南米にいったら、
そこの自国通貨で長期で大金を持たないと いうのは基本中の基本だろうが!!
そんな基本も守れてないのか。
お前はとんまだ。とんまのとんちゃんだ。
ひでのり 師匠。すいません。カジノと女で浮かれてました。
アンディー バカ野郎
お前の顔は女に浮かれる顔じゃないだろ!!
ひでのり 吸いません。
いや、すいません。
女に浮かれたというのは嘘です。
見栄はってしまいました
ひでのり まあ。わかればいいよ ( 嘘はよくないからな )
まあ、今回はあいかわらず持ち前の運の悪さと顔の悪さで
またしても損をしてしまったわけだけど、
まあ、その失敗から得るものはあったんじゃないかな。
アンディー そうだね。為替にたいして敏感になってきた。
ひでのり そうか、やっと変動相場制のへの字を
知ったというかんじか。
まあ、頭の悪いお前にしたら成長したな。
まあ、お前は顔の悪さもワールド級だが、
運の悪さもワールド級だから、
儲けることはないと思うががんばれよ!!
アンディー アンディー師匠。本日は
忙しい時間をさいていただき
どうもありがとうございました。
アンディー師匠は聞き上手なので
話しやすくて最高です
次回もお願いします。
アンディー おい。今日は珍しく謙虚じゃないか。
顔に似合わん態度とるなよ。
なんか怪しいな。
お前株で失敗して資金ぶりが苦しいとかで
ワシになんか頼みことがあるんじゃないのか?
ひで いやあ〜
師匠。そんな〜。
僕はそんな自分の資金が苦しいからって
人に頼むような男じゃないですよ。
けど。あのアンディー師匠のことは最高に尊敬してまして、
また同じ男としても、師匠のような器の大きな人物になれたらと思ってまして。

あのちょっと、
10万くらい
なんとかなりませんか?
アンディー COMO?
No entiendo

日本語訳:え?あなたの話を理解できません
アンディー 英則。え。聞こえなかった。
ごめんな。
ワシの家は寝こんだばあさんを14人、
動かないじいさんを13人抱えていて
苦しいんだ。
高齢者社会のあおりをモロにくらってな。
ごめんな。力になれなくて。
けど、いいところ紹介してやるよ
近くの国道に P ミスとか T 富士って
あるだろ。あそこにいけばなんとかなるよ
がんばれよ
ひで 師匠。それは・・・・・
アンディー まあ、冗談だよ。
それじゃ、今日はカレンちゃんと
約束あるからまた今度な!!
次もつまらなかったらもうこないからな
ひで じゃ、アンディー。がんばって。
次はもうちょっとおもしろくするよ。
それでは、みなさん次回お楽しみに!!
  ページトップへ戻る
ひでのりの旅で学んだこと
第 9 回 悲劇のドラリサシオン 1999年12月下旬
ひで旅のメモ 1. 通貨の価値というのはかわりやすい。国の信用に裏打ちされているものである
2. 南米ではこまめにドルを現地通貨に両替すること
前回の旅日記へ 旅日記の目次へ 次回の旅日記へ

トップページに戻る

Copyright 2002 www.mucha-suerte.com All rights reserved.