モアイの誘い
ムーチャスエルテのジフ ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

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COLOMBIA
SAN AGUSTIN
ゲリラに恐れずサンアグスティンを目指せ 前編
2003年03月11日
サンアグスティンの石像
バス
この石像は左手に生贄に捧げる子供を抱いています。 またこの石像は牙を持っています。サンアグスティンの 石像は人間と動物が一体化している特色を持っています。
サンアグスティンの紹介は こちらから

コロンビアの南には
サンアグスティンというユネスコ世界遺産がある。
サンアグスティンがユネスコ世界遺産である理由は
数百の不思議な石像が残されているからだ。

石像といったら、モアイが有名だが、
このサンアグスティンの石像はもっとミステリアスだ。
サンアグスティンの石像の特徴には
大きく分ければ2つある。
1つはAntropo-zoo-morfosといって
人間と動物が一体化した実在しない
生物を形どっていることだ。
もう1つは、サンアグスティンには
いないゾウやライオンといった動物の
石像が残っていることだ。

また古代人もコカの葉を噛むという
習慣があったことを証明する
石像などもサンアグスティンには残っている。

サンアグスティンの石像が作られた
7,8世紀(この年代は確かではありません)
にも、帝王切開で赤ん坊を生ませる医療技術が
あったことを証明する石像などもある。

僕は前回コロンビアに7ヶ月滞在していたのに
関わらず、この世界遺産サンアグスティンに行かずに
ビザの満期を迎えてしまった。

行っておけばよかったと後になってひどく後悔していた。

なぜカリやボゴタに行って
サンアグスティンに行かなかったかというと
ゲリラの存在が恐怖となっていたからだ。


もしも所持品や金品を
奪われる場合でも、
首都であれば大使館もあるし、
日本人も滞在しているのでなんとかなるのだろうが、
田舎でゲリラに遭遇して
金品を全て奪われたら、はっきりいってどうすることもできない。

また、最悪誘拐されてしまったら、
私のように、身代金を払うことができない外国人は
利用価値がないので、死が待っているのではないか。

自分の頭の中では、ゲリラに誘拐される→人生の終末を迎えると
いった単純な構図ができていた。

コロンビアの南の
山間部は、ゲリラがでるから
あぶない。したがって夜行に乗ってはいけないと
旅行者の間でいわれていた。

まずエクアドルからコロンビアへ向かうときに通る
ポパヤンからパストの間は山道で
ゲリラがでるから危ないといわれている。

しかし、私はこのルートで実際ゲリラにあって
物を奪われたという旅行者にあったことがない。

実際、僕も陸路で2000年の1月中の夕方にパストからポパヤンに移動。
2000年の8月中にポパヤンからパストに夜行で移動
2003年1月中の夕方パストからポパヤンに移動した。

2000年の8月に危険といわれる
ポパヤンからパスト間を夜行バスで
移動した理由としては、カリでビザの
延長手続きをしようとしたが、
延長が認めらず、24時間以内に国外退去せよと
パスポートにスタンプを押されたので、
夜行で出ざるをえないことになってしまったからだ。
カリから、国境までは、大体約10時間ほどかかるので、
寝ている暇もなく、無理やり夜行に乗って
エクアドルの国境まで向かった。
ゲリラにはビビッて寝ることはできなかったが
幸い無事に国境まで着くことができた。

旅行者の間の情報では、 
ポパヤンからパストに向かうバスのほうが危ないと
いわれていた。
コロンビアからエクアドルに向かう人たちの
ほうが金品を持っている可能性が高いからという理由からだった。

しかし、私は何十人とここをバスで通った旅行者にあったが、
だれも襲われたとか、ゲリラに遭遇したものはいない。
ただ、さらわれてしまった場合には会うことがないので
なんともいうことはできない。

バスに乗っているコロンビア人に話を聞いてみたが
このポパヤンとパストの道は
強盗がでる危険があることは認識しているようだった。

とにかく、ゲリラには恐怖を感じていたが、
ユネスコ世界遺産であるサンアグスティンには
ずっと行きたいと思っていた。
サンアグスティンに空港があればそれでよいのだが、
一番近くの空港は数時間離れた場所にあるNEIVAであると
記憶していた。

飛行機で近くにまで行って
そこからバスで行ったほうが安全であるのは
分かっていたが、
信頼できる友達の情報としてこのようなものがあった。

【 旅行者仲間のMさんの情報 】

「 サンアグスティンからポパヤンに向かうバスで
  途中でゲリラに遭遇して、バスから乗客全員が降ろされて
  身分証明書のチェックがあったよ。女の子のゲリラが
  いたから、今度踊りに一緒にいこうと約束しちゃったよ。
  坂本君。ゲリラにびびらなくても大丈夫だよ。
  彼らは何もしないから大丈夫だよ。 」

のりのりのMさんらしいコメント。

【 旅行者仲間のFさんの話 】

「 俺のときにはでなかったね。
  けど山道で車が一台しか通れないような悪路を
  バスは走るのだけど、
  バスはスピードだせないから
  ゲリラがでたら逃げられないね。」

現実主義者のFさんらしいコメント。

【 旅行者仲間のKさんの話 】

「 ええ。あの地帯はゲリラがでることで
  有名だったんですか。知らなかった。
  けど、無事に抜けれてよかった。 」

楽観主義者のKさんらしいコメント。

とにかくポパヤンからサンアグスティンに
バスで行った人でゲリラの被害に遭った人は
自分の友人の中には誰もいなかった。

エクアドルのホテルスークレできいた話の中には
サンアグスティンに観光でいった人がバスで
荷物を全部とられたというものがあった。

しかしこのケースは、夜行なのか、昼間のバスなのかも
わからないし、どこで取られたのかも
わからない。
またその人が注意深い人なのか、
注意を怠っている人かもわからない。
また、ゲリラではなく、強盗プロ集団を
ゲリラと勘違いしたかもしれないし、
詳細は全く不明だった。

とにかく飛行機で行ったほうが
安全なのは分かっていたが
自分の友達は全くやられていないので
自分も大丈夫だろうと
楽観してカリからサンアグスティンまで
ポパヤンを経由してバスでゲリラの本拠地を
通って行くことにした。
なぜそんなあぶないところに
バスでいくほど
楽観的なのかといわれれば、
この年で南米を長く旅行しているほどだから
かなり楽観的な人間なのだろう。

コロンビア南部の略図
コロンビア南部の地図
カリからサンアグスティンには右回りと 左回りの2つのルートが考えられる。
僕がとったルートは  カリ→ポパヤン→ラ・プラタ→  ピタリート→サンアグスティンの左回りコースだ。 カリ→( 約3時間:安全 )→ ポパヤン→( 約4時間:危険地帯 )→ ラ・プラタ( 3時間30分:不明) → ピタリート→( 40分:安全 )サンアグスティン 僕はポパヤンからラ・プラタを昼間の明るいうちに 通過したかったので、 朝7時にカリのターミナルをポパヤンに向けて出発した。 午前9時半ごろにポパヤンに着いた。 午前9時に出発するというサンアグスティン 直接バスはちょうど出発したところだった。 ポパヤンからサンアグスティンに向かうバスは非常に少ないらしく 一日に9時・10時30分・21時(夜行)の三本だけしかなかった。 僕は午前10時30分発のサンアグスティンの35km手前の町 ピタリート行きのバスに乗った。 旅行者の友達からきいた話によると、 ゲリラがバスを襲うときにはあらかじめ バス会社に連絡をいれているとか、 ゲリラに上納金を払っていないバス会社が 見せしめ的に襲われているきいていたので、 チケットを買うときに、バス会社 ESTRELLARの受付の男性に 「 ゲリラと遭遇するのか? 」 と聞いた。 すると彼はしんみり黙り込んでいた ( 静寂が走る ) ゲリラが出ないなら出ないと すぐに返答が帰ってくるはずだが・・・・・ 私はもう一度 「 ゲリラに遭遇するのか? 」 と聞いてみた。 すると 「 心配いらない 」 という返事が返ってきた。 この返事はなんだかあやしいと 思った。 これは、ゲリラが出る可能性があると 感じとった。
エストレジャール社のバス
エストレジャールのバス
ポパヤンからピタリートへのバス。 私はこのバスに乗ってピタリートへと向かった。
この返事に不安になったものの 今さら、反対のルートを通って サンアグスティンに行く気はなかった。 本当は上回りのルート (  カリ→アルメニア→イバゲ→ネイバ   →ピタリート→サンアグスティン ) を通っていくのが、時間はかかるが妥当だった。 とにかくもうここまで来てしまったのだから という気持ちで惰性で そのまま左回りのままで行くことにした。 午前10時半発のバスの出発は午前11時15分だった。 ラテンらしい、ほどよい時間の遅れだった(笑) ポパヤンからラ・プラタへの道は 悪路でバスは一台しか通れないくらい せまく、でこぼこ道なので、 バスが上下左右に大きく揺れて リズムをとるかのように 頭をあらゆるところにぶつけながらの 旅となった。 まさかここまでの悪路だったとは・・・・ 出発してから2時間程度たっただろうか。 私はバスの一番最後部の一番左の席に座って 外の風景を見ていたのだが、 前方に腕の長さの2倍くらいある 銃を持った、深緑の服を着た軍隊のような 人たちの姿が見えた。 銃の弾も腰に何発も巻きつけていた。 今回コロンビアをバスで旅行していたら よくコロンビアの軍隊による身分証明書のチェックと 爆弾をはじめとした、あやしいものを もっていないかというチェックがあったのだが、 彼らが着ている服はコロンビアの軍隊が きている緑色の軍隊の服ではなかった。 僕は彼らはゲリラに間違いないと思った。 身の毛がよだち。 体温が一気に37度くらいさがったような気がした。 やばい・・・・ 僕はそのままバスが通過してくれることを神に願った。 『 運転手。スルーしろ。スルーしろ!!』 と心の中で叫んだ。 が・・・・ 僕の願いもむなしく僕の乗っていた バスは彼らの前で、止まってしまった。 彼らの人数は5人。 帽子をかぶり、口の部分もマスクで覆っているものが いたが、その中には女性も一人いた。 とにかくこの状況はまずい。 客席の下に隠れようか。 いや、下手なことをしたら ますます怪しくおもわれてしまう。 しかし、席の下に隠れるしかないよな。 けど、ゲリラがバスの中に入ってきたら すぐばれるしなあ。 とくだらない作戦を考えているうちに ゲリラの一人が乗客を調べるため バスの乗降口まで歩いてきていた。 しまった。やはり反対のルートで行くべきだった ・・・・・ と思ったところでもう手遅れだった。 もう時間を戻すことはできない。 続く    次回予告:ゲリラに襲われることはまずないと         楽観的に考えて最短ルートを選んだ英則だが         不幸にも英則の乗ったバスは 逃げ場のない山道でゲリラと遭遇。         このまま誘拐されて人生を終えてしまうのか? 続く!!
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ガラパゴス海亀アンディーの旅の話しのコーナー
アンディー みなさん。お元気ですか。
ガラパゴス海亀のアンディーです。
アンディー 南無妙法連・・・・ 永劫・・・・
・・・

・・
坂本英則さんとのお別れのときがきたようです。
やなやつだったけど、
こういなくなると寂しいもんです。
うううう・・・
涙が

涙が止まらない。


・・・・・嬉し涙が(笑)
ひでのり おい。
クソガメ
一人でお経唱えてんじゃねえよ。
俺はまだ死んでねえよ。
勝手に人を殺すな。
アンディー おお。まだ生きていたか
ところで、なんだ。
お前。目上の人に対して
その言葉遣いはないだろう。
ひでのり す・すいません。
以後、気をつけます。
アンディー まあ。分かればいいよ。
今回は大目に見てやるよ。
まあ、はじめのお経はギャグだよ。
ギャグ!!
まったく冗談を冗談とわからないようじゃ
駄目だな。
そんなことも分からないようだから女にもてないんだよ。お前は。
ひでのり まあ、女にもてないのは今にはじまったことじゃない(笑)
アンディー そりゃ。そうだ(笑)
ところで、お前バカだな。
ゲリラが出る可能性があるって
情報が入っていたのに
ポパヤン→サンアグスティンの左回りルート選んでさ
普通ならカリ→イバゲ→サンアグスティンルートの右回り選ぶだろ
ひでのり 今、考えるとそうだよね。
まさかこんな取り返しのつかないことになるとは
そのときは思っていなかった。
もう涙だね。
アンディー まあ、泣いたところでお前は女じゃないから
問題は解決せんぞ。
ひでのり アンディー。
ごもっとも。
アンディー
まあ、楽観的な思考は危険だと肝に銘じておけよ。
ひでのり そうですね ( 反省 )
アンディー 続きはまた次回だな。
まあ、次回は自戒しろよ!!
ひでのり アンディー。
そのしゃれはかなり、じじい入っているしゃれだね。
日本人は一億人以上いるが、そこまでして
しゃれにするやつはいないよ。
それでは、みなさん。また自戒お楽しみに(笑)
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ひでのりの旅で学んだこと
SAN AGUSTIN ゲリラを恐れず、サンアグスティンを目指せ 前編 2003年03月11日
ひで旅のメモ 1. ひとりよがりの楽観的な思考は、危険である。

2. 予防が大切であって、ピンチにあってからではもう手遅れである。
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