モアイの誘い
ムーチャスエルテのジフ ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

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COLOMBIA
IPIALES
コロンビアの出国スタンプをゲットせよ 前編
2003年05月03日
バスターミナル
バス
日本は電車網が発達しているので バスターミナルというのは 一般的ではないですが、こちらの庶民の 足はバスなのでバスターミナルは立派なものが 作られています。
コロンビアの滞在も2週間と
はじめは思っていたが、なんと1月3日から5月3日までの
4ヶ月をコロンビアに滞在してしまった。

コロンビアはなんと魅力的な国なのだろう。
私は今まで自主的にコロンビアをでたことはない。
今回もビザがなくなることで、
受動的に国を出なくてはならなくなった。

今回のコロンビアの出国も
アンデス山脈中ををカリから南に下っていくのだが
標高がポパヤンで一気に高くなり、
そこから標高は2000メートル以下に
なることはない。
標高が上がると
自分の士気は下がる。

自分の体について思うのだが、
僕ははっきりいって寒さに非常に弱い。
それというのも、体の自律神経の
反応が非常に鈍いのだ。

暑かったら、汗をかいてとまらない。
寒かったら、何もできない(笑)。
と両極端に偏る。
また体の疲れなどが、体からぬけづらく、
疲れが蓄積しやすい。

その原因というのも血管の細さにあると思っている。

自律神経を鍛えて耐えたいという気持ちも
あるが、自律神経を鍛えるという話は
きいたことはないので、
衣服の着脱などでカバーするしかない。

ちなみに、自律神経は鍛えられないと書いたが
これは僕がもう年齢がいっているからの話であって、
柔軟性の強い子供ならば
話は別かもしれない。

環境によってかわるといったら、
僕は前回2年間中南米を旅したわけだが
帰国してから、お腹の調子を崩すということがなかった。

旅のはじめはメキシコのタコスを食べては
腹の調子を崩していたが、
それも2週間ほどで完全に慣れていた。
タコスで腹を下すのは、きっとタコスを焼く油が
強烈なのだろう。

また腹の調子を崩したのは
エクアドルのキトでセビッチェ(海鮮サラダ)を
食べたときだった。
食べた数時間後から、発熱して
便は水という状態だった。

はじめのうちは、嘔吐を何度も
するくらい気持ちも悪くなった。

数時間前はピンピンしていたのに
あっという間に寝たきりのおじいさんの
ようになってしまったのだ。

2,3日発熱は続き、トイレが心とお尻の友達の
日々が続いた。

とにかく、ここから引き出せる教訓は
冷房輸送の技術のない国で
海から遠いところで、生ものを
食べるのは非常に危険であるということだろうか。
ちなみに、まわりのエクアドルの人は
たぶんお腹を壊してはいないと思うので
日本人は保健所の活躍によって
安心して食事をできる反面、
食事に対する体の抵抗力は非常に弱いのであろう。

またキトのホテルスークレで
ジャスミンやカルロスと一緒に
アンパロが作ったセビッチェを
注:
   ジャスミンはエクアドルのキトの
   ホテルスークレのオーナーの娘で、
   カルロスとアンパロはスークレの従業員。

食べたときにも、僕だけ腹を下した。
なかなか日本人の中では強い体と思っていた(笑)
自分であるが、山のセビッチェには耐えれなかった。

ちなみにキトは標高が約2800メートルで
海岸までは車で約7時間程度である。

お腹を壊した経験はそのときは不幸であったが、
現在となってはそのときの苦しみによって
お腹に免疫力がついたのか
お腹を下すことはほぼなくなったので
短期的には気が滅入る話だが、
長期的には自分の体にとって
よかった。

今回も1年半ぶりに
南米にきて、キトで屋台料理ばかり
食べていたが、全く腹を下すことはなかった。

人間の体というのは、
その環境に適した体に変化していくのだなと
ダーウィンの 「 進化論 」 ちっくに
思った。
と知ったかぶって書いたものの、僕はダーウィンの
進化論の 「 進 」 の字も知らない。

と標高が上がる話と士気が下がる話から
自分の自律神経の話から、お腹の免疫力が
ついた話と、話は移ったが元に戻る。

朝4時までカジノにいて(笑)
宿に帰って荷物をあわただしく
整理してそのまま
朝5時くらいに宿をでた。
余裕を持ってカリをでようと
思ったが、あっという間に
ビザの最終日になってしまっていた。

カリ。この町は僕にとって
浦島太郎の竜宮城のようなところだ。

2,3日のつもりが・・・・
こんなに時間が経過していたのかといった
感じである。

なぜそのような早朝にカリをでなくては
ならないかというと
ポパヤンからパストの道は
ゲリラが月に1,2回でるという話なので
昼間のうちに抜けておきたかったからであった。

カリから国境の町イピアレスまでダイレクトという
話でチケットを買ったのが
パスト ( カリから7時間半くらいの町で国境まで1時間半くらい )
でバスの乗り換えを余儀なくされた。
ダイレクトだから、通常より5割ほど高くチケットを
買ったのに、乗客が足りなかったので
人を乗せるために他の町に寄ったり
町中で旅人を探したりと
時間を費やし
なんのためにダイレクトを買ったのか
わからなくなった。
人がいなくてもそのまま目的地に向かうと
いうことでチケットを買ったのに・・・・・
カジノで寝不足ということもあり、
気分を悪くした。
人は寝不足のときは概して機嫌が悪い。
しかし怒ったところで状況は改善されることはないし、
人生みな自己中心的に考えているから
自分の思うとおりにいくはずはない。

と自分を慰め適当に寝ていた。

バス会社でよくあるのは
もしも乗客が足りない場合に
バスの運転手が小遣いを稼ぐために
途中でチケットを発行せずに
乗客を乗せて、その代金を
自分の懐にいれるという
ものである。
もしかしたら、今回も
そうなのかもしれないなと
そんなことを考えていた。

パストでこのバスから
他のバスに乗換えろと言われたときにも
特に感情的になったということはなかった。
しかし、この話を旅日記に書くくらいだから
実は感情的になっていたのだろう(笑)
人はどうでもいい話は忘れる。

そのバス会社は僕に嘘をついていたのだ。
イピアレスまでダイレクトで行かないバスで
あったが、ダイレクトで行くと嘘を言って
高い料金を払わせ、
しかもパストからイピアレスまで
安いバス会社のバスを自分の手で手配して
その差額を掠め取ろうというセコイ作戦だった。

僕が払った金額はカリからイピアレスまで
43,000ペソ( 日本円で約1842円 )であるが
パストからイピアレスまでは
最も安いバスで5,000ペソ(214円)、
僕が乗ったバスはカリからパストまでは
36,000ペソ(1540円)だったので
パストからイピアレスまで
7000ペソ(300円)の料金を
僕からとっていることになる。
だから,7000ペソ(300円)−5,000ペソ(214円)で
2,000ペソ(86円)を仲介手数料的として
僕からとろうという魂胆なのであった。
乗客は他にもいるので
手数料は少しはうき、
しかも、運転手はイピアレスに行って
戻ってくるという仕事の間
休めるということなのだろう。

僕はたかが86円なので
どうでもよいという意識はあったが、
旅行者がこのように
相手の思うがままにお金を払ってしまうと
彼らが味をしめて、これからくる
旅行者に対しても同じことを
する可能性が出てくるので
自分たちの都合で作った
仲介手数料を彼らに渡さないためにも
自分でパスト〜イピアレス間のバス会社の受付で
料金を5,000ペソと書いてもらい、
はじめ乗ったバスの運賃が
36,000ペソであることを
他のコロンビア人の乗客に証明してもらって
彼らがとろうとした仲介手数料
2,000ペソ(86円)を返させた。

こんな面倒くさいことをして
86円なので、合理的に考えれば
そのまま86円など放っておいて
バスに乗り込めばいいのだが
人に迷惑をかけてまで
金をとろうとするその態度が
気にいらなかったので
時間がかかって面倒くさいが
このような行動をとった。

この行動からも思うが、
僕は合理的な人間ではなく
感情的な人間なのだろう。
また86円のことを10分、20分かけて
できる暇な人間なのであろう。

ダイレクトだと嘘をついた
バス会社は問題である。
また86円の仲介手数料を儲けようと
したバス会社および運転手もセコイが
それを返させた僕はもっとセコイのでは
思う今日このごろであった(笑)

バスやタクシーなどは
同じものに何度も乗るような
ことはなく、その場限りのものなので
お客に対して少しでも多くとろうという
体質になってくるのだろう。

Cuenta clara ,Amista larga
( 明朗な会計は友好を長くする )
と友達のマルガリータがいっていたが
タクシーや長距離バスなどは
その場限りのものなどで
このような考えた方はあてはまらないのだろう。

業種にもよるだろうが、
明日の100より、今日の50と
なるものもあるのだろう。

ラスラッハスに向かう
バス
ラスラッハスに向かうコレクティーボの 中から撮影した写真です。
まあ、とにかくそんなことをしながら イピアレスのバスターミナルに着いた。 イピアレスは今まで何度も通っているが 観光をしたことはなかった。 イピアレスには実は橋の上にある 「 Las Rajas 」 という有名な教会があるのだ。 Rajasとはスペイン語で裂け目とか亀裂という意味がある。 僕はホームページの益々の充実のために 教会を見にいくことにした。 世の中、便利にできているもので イピアレスのバスターミナルから Las Rajas行きの乗り合いタクシーがでていた。 Las Rajasまではターミナルから 約30分くらいの場所にあるのだが、 Las Rajasに近づくと 一気に崖を下るというかんじで 山をうねうねと下っていくのだ。 その途中で教会がちらりちらりと見えたりするのが 感動する。 ずっと見えていると見る気がなくなるのだが ちらり・ちらりとしか見えないのが 人間の好奇心をくすぐる。
アルパカ
アルパカ
上等な毛を持つアルパカはセーターや マフラーを作るのに使われるます。
タクシーは教会の目の前に着くというのではなく、 教会よりやや高地にあり 300メートル離れた教会の入り口に着く。 僕がそこで目をつけたのは アンデスのかわいい動物アルパカである。 アルパカといえば、アルパカ製品で有名である。 そのアルパカを見ることができるのである。 アルパカはずんぐりむっくりとした 胴体であるが、ふわふわとした 毛を持っており、その毛を使って セーターを作りたい(笑) いや、その体を抱きしめたくなるくらい かわいいのだ。 教会の入り口から 教会まではコロニアル調の作りで 石畳の道を下っていくことになる。 その石畳の道の風景は 昔訪れたメキシコの銀の町 タスコを彷彿させた。 途中で喉が渇いたので 適当にカフェテリア(喫茶店)に入ったのだが、 喫茶店にはこのような張り紙がしてあった。 【 ラス・ラッハスで飲食店を  営むには必ず店内に飲食物の価格を明示しなければならない。  また価格以上に金額を請求された場合には  必ず警察まで連絡をしてください。 】     この張り紙を見て僕は感心した。 基本的に観光地というのは そこの物価を知らない外地の人がくるもので 基本的には物価は上がる。 また必要以上に金銭を請求されたという トラブルは必ず起っているだろうと思う。 この決まりは トラブルの未然の措置、および 観光者に金銭の面で悪い印象を与えないという 効果があるのだろう。 しかし、この張り紙の効果かは知らないが 観光地によくいるとにかく高値で物を 買わせようと威勢がいい売り子の姿は まったくないので 人間的な活気には欠けていた。
橋上の教会 ラス・ラッハス
ラス・ラッハス
ラス・ラッハスは
川の上にたつ教会です。 ラスラッハスの紹介はこちらです。
ラス・ラッハスは本当に川の上にある教会だった。 かなりの落差のある崖のようなところに 橋が架けられ、その上に教会まであるのだ。 自分は今までいろいろな建物を テレビで見すぎていて なかなか驚くことはないが 自然と神聖なものが調和したこの教会の 美しさに驚いた。 美しさにも驚いたが この絶壁に教会を作ろうとする 発想が気にいった。 ということで僕は教会の美しさにみとれ 時間を忘れていた。 カリを早朝にでたものの すでに日が暮れかかっていた。 とにかく今日までに コロンビアを出国しなくてはいけない。 僕はすぐにイピアレスの町に向かうことにした。 そして急いでイピアレスの繁華街まで行く乗り合いタクシーに乗った。 急いでといっても、20kg以上ある重いバッグパックを 背負っているので動きは遅い。 またケチって普通のタクシーを使っていないので 乗り合いタクシーが満員になるまで待たなくては ならないので、セカセカしたところで しょせんは遅い。 町から国境までは普通のタクシーに乗り、 国境まで着いた。 タクシー代は100円程度なので それなりに近いところでは タクシーを活用して 時間を節約することができる。 もうこのイピアレスの国境も慣れたもので 到着するなり、余っていたコロンビアペソ 100ドル程度をアメリカドルに両替して コロンビアの出国カウンターに並んだ。 さすがに日も暮れているということで 並んでいるものは2,3人と少なかった。 出国はスタンプを押してもらうだけなので すぐに自分の順番が来た。 さっそうと自分のパスポートを 係りのものに渡した。 すぐにパスポートは返ってくると思ったが 係りのものは  「 出国スタンプは押せない 」 と予期しない言葉を発した。 僕はそのセリフに目を細めた。  「 なんで押せないのですか? 」 と丁寧に尋ねた。 もしかして前回の入国のときのような 賄賂まがいのことがエスカレートして 賄賂でも要求しているのではないかと 僕は思った。 役人というのは権力を乱用する傾向が あるから、そのようなことがあってもおかしくない。 その係員はとにかく 「 出国スタンプは押せない 」 の一点張りで何の説明もなしに 僕にパスポートを返してきて 「 はい。次 」 と言っていた。 何の理由もいわずに パスポートをつき返すとは こいつは根性が曲がっている。 とにかく僕は次の人といっていたが その場をどかずに  「 なんでスタンプを押さないんだ? 」   とその係の者に尋ねたが  「 お前の番は終わったんだから、そこをどけ 」 と今度は言ってきた。 僕はその係の態度に  「 お前何様のつもりだ。   家族を遺族にしたくなかったらスタンプを押せ(笑) 」 とカッとなったが。 カッとなったところで 問題は解決されないし、 感情的になると事態は悪化するので 冷静になることに努めた。 とにかくどのようにスタンプをもらおうかと 回転の鈍い頭を急速に動かし始めた。 ・・・・・・・・・・ 後編に続く!!
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ガラパゴス海亀アンディーの旅の話しのコーナー
アンディー みなさん。ブエナス・タルデス ( こんにちは ) 
ガラパゴス海亀のアンディーです。
アンディー 英則。おっす。
お前、とにかく運が悪すぎるぞ。
バス会社ではダイレクトと偽る
バスに乗せられ、その後はイミグレで
出国スタンプ押してもらえないとか。
この運の悪さは驚異的だぞ。
今までいろいろな旅行者の話をきいてきたが
お前はかなり悲惨な旅行者だ。
ひでのり みなさん。こんにちは
アンディーがいうように
かなり運が悪いね
前回の旅とは違って
今回ははっきりいって試練の旅ともいえるほど
ちょっとしたトラブルが無数に起こっている。
ちなみにこんなのは氷山の一角で
こういう事件が毎日のように起こってるんだよね。
アンディー ほんとか
お前。もう日本に帰国したほうがいいよ。
南米に嫌われているから、トラぶるんじゃないか。
ひでのり そうかもしれない(笑)
しかしトラブルの対処というのは
人生においてかなり役立つと思うし
なぜトラブルが起きたかを分析することは
これからトラブルを起こさないことにも
役立つし、トラブルに対して悲観的ではないよ。
アンディー そうか。
たしかに、若いうちにいろいろな問題を
経験をしておけば、年齢がいってから
失敗することは少なくなるかもしれないな。
ただお前の失敗はどうでもいいのが多いので
そんなトラブルでは男は磨かれないな。
ひでのり そうだね。
アンディー ところで、出国スタンプを押してもらえないというのは
初耳だな。
ひでのり そうだね。初めてだよ。
こんなこと
まあ、賄賂かなんかかなって思うよね。
アンディー まあ、それは人間いるところに
賄賂ありで基本だからな。
それでいくら払ったんだ?
ひでのり まあ次回にその話はするよ。
アンディー お前の話はいつも泣けるよな。
じゃ。また悲惨な話楽しみにしてるよ。
それではまたな。
ひでのり それでは、みなさん。次回お楽しみに!!
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ひでのりの旅で学んだこと
QUITO コロンビアの出国スタンプをゲットせよ 前編 2003年05月03日
ひで旅のメモ 1. 人生では自分の思いどおりにいかないのは常である。
 基本的に自分もそうであるように人は
 みな自分中心に物事を考えている。
 しかし、相手から見れば自分は他人であるから、
 自分に対してえこひいきしても  感情的になり冷静な判断力を鈍らせる。
 ときには自分のことを他人という目で  考えて対処するほうが、交渉ごとでうまくいくようなことがある。
 またうまくいかないたびに感情を害していたら、
 体も精神も持たないので  うまくいったときだけ喜ぶことにするとよい。
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