どれだけの時間が経ったのであろうか私はある病室で目覚めた。
タバコをくわえた看護婦が私を看病してくれた。
私はあの時の事を思い出そうとしていた。
凄まじい数の銃声と悲鳴、しかし私は笑っていた。
何故だ?
自問自答した確かに私は主人公だから死なないそれだけなのか?
祖父の事を考えてみたそう人生をまっとうした人間に死とは非常に小さなもの、
目覚めてパンをかじるそれが明日からはない
その程度の事に気がつき私は笑わずにはいられなかった、
私の笑い顔を見て看護婦は
「3日間意識がなくて急に笑い出すなんて変な人」
と私は生きているんだと考えてまた笑った。
「看護婦さん俺の体はどうなってるんだ?」
「あなたの体には24発の銃弾が、でも全て取り除いたから安心して、
まあ当分は安静にしてないと駄目だけどね」
彼女がいなくなってから私はまた深い眠りについた。
今度は何かねずみのような動物の泣き声で目覚めた。
そこは4畳半ほどの大きさにベットと裸電球、
窓の外からは活気のある声が聞こえてきて、
起き上がると隣からはシャキーラの歌声が私は大声で笑った。
扉をあけるとそこにはホテルスークレのいつもの日常生活があった。
ホテルスークレとは私が今までに訪れた数百のホテルのの中でも
最高のランクに位置するホテル、中米を抜けコロンビアから後ろ髪を
引かれながら訪れる人々、下はペルー、ボリビア、チリの旅に疲れて休息する人々、
彼らの多くがこのホテルを訪れる。
ホテルスークレはバスターミナルから坂道を歩いて10分、
サンフランシスコ広場の角にある4階建ての建物である、
1階にはインディへナが様々な物を売っている店舗があり、
2階にフロントがあり3階、4階、屋上が客室である。
フロントに着くとこのホテルのオーナーの娘であるジャズミンが暖かく迎えてくれる。
そして屋上にある4畳半ほどの部屋に案内され旅人は一時の休息を味わうのである。
この建物には数百年の歴史がある。
ここがホテルになる前はカーサグランデとして使われていた。
ホテルに改築されてからは、リーズナブルな価格で多くのエクアドル人が
訪れるホテルと変っていった。
何時から日本人の旅行者が訪れるようになったかは定かではないが、
約20年前、オーナーの息子と娘が子供の頃に日本人の長期旅行者が滞在して、
彼らと良く遊んでくれた事、それが今に繋がっていると言われている。
それと近くにあったバックパッカ−の溜まり場であった宿のオーナーが殺され、
宿を畳んだ事も影響するのであろう。
今日も一人の旅人が旅立つようだ。
、旅をしていると出会いの数だけ別れがある。
薫がギターを持って現れた、薫は旅立つ旅人をギターを弾いて見送ると言う。
見送り業をしている、エジプトのサファリホテルから始まり
、数百人の旅人がこの曲を聞いた筈である、
『汽車を待つ君の横で 僕は時計を気にしている
季節はずれの雪が降ってる
東京で見る雪は これが最後ねと
さみしそうに君がつぶやく
なごり雪も降る時を知り ふざけすぎた季節の後で
いま春がきて 君はきれいになった
去年よりずっと きれいになった 』
春が来る前に薫は亡くなった。
この物語の全てを今は亡き中村薫に捧げる。
天国で薫が喜んでくれる事を願って。
次回お楽しみに!!!
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