モアイの誘い ムーチャスエルテのジフ
ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

ムーチャスエルテのメールマガジン
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□  / \ 南米情報ムーチャスエルテ・メールマガジン
■( 旅 )  ≪(^0^) VAMOS!!≫   VOL 46
□ \ // 2003/10/03(金)
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★★★★★★★★★★…・も・く・じ…・★★★★★★★★★★ 1.
発行者挨拶 『 ペルーはインカ帝国だけではない 3 』 2.更新内容 3.西語のことわざ 『 Quien parte y reparte se queda con la mejor parte 』 4.終わりの挨拶 『 コンタクトレンズを買ったときの話 』
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 1 発行者挨拶 『 ペルーはインカ帝国だけではない 3 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□  みなさん。こんにちは。 おひさしぶりです。 「 南米情報ムーチャスエルテ 」 http://www.mucha-suerte.com の管理人の坂本英則です。 さすがに一週間も日をあけてしまうと 前回はどこまで書いたかを思い出すのに一苦労です(笑) ところでこの一週間は紀元後750年頃〜800年頃から 1375年にチムーに滅ぼされるまで存続した シカンについて調べていました。 今回のホームページのトップページの 森の中に囲まれた丘のようなものは実は シカンの神殿 【 HUACA LAS VENTANAS 】です。 HUACAでは儀式を中心に行っていたので 神殿と訳しても誤訳ではないと思います。 聖域という訳が一番日本語に近いのではないかと 自分では思っていますが、日本語の訳で まあ一番ピンとくるのは神殿ではないかと思います。 このシカン遺跡は南イリノイ大学で考古学を研究する 日本人考古学者 島田泉教授が1991年と1995年に 発掘し、黄金の仮面をはじめとして数々の金を 発見しました。 昔の学説ではシカンは存在していなかったと きいたことがあります。 ここから出ていた金もインカ帝国のものであると 思われていたようです。 島田泉教授は1995年まで17年間にわたり こちらに通っていたといわれていますが、 なぜこのチクラヨの地域を発掘しようと思ったかという動機は インカ帝国のものと言われていた黄金を見ていたときに 黄金の像に二つの目の種類があったことに端を発しているとのことでした。 なぜこれらの黄金の像には丸い目のものもあれば、 細長い目のものもあるのだろうか? 細長い目のものはその形からアーモンドアイといわれているようです。 次号では島田泉教授が発見した黄金仮面をトップページに 持ってきて黄金の都シカンの特集をします。 それでは、前書きが長くなってしまったところで(笑) 前回の続きです。 前回まではインカ帝国とスペイン人フランシスコピサロの 遭遇まで書きました。 復習ですが、インカ帝国は太陽を崇拝していました。 南米三大祭の一つとして有名で クスコで6月に行われるインティライミとは太陽の祭りという意味です。 インティとは太陽のことです。 インカ帝国の神話では、インカ帝国の初代皇帝 太陽神の息子マンコ・カパックがチチカカ湖から 現れて、ティワナコに降りてそこからクスコに移動して 町を建設したというものです。 太陽神の息子であるマンコ・カパックが皇帝なのですから 太陽信仰があるのは当然です。 そして天地創造の神として崇拝されていたのが ビラコチャです。 クスコのサントドミンゴ教会のもとは ビラコチャを祀ったコリカンチャという 黄金で覆われた神殿でした。。 また中は純金のトウモロコシが植えられた畑があったそうです。 ビラコチャは万能の男で部下を連れて歩き 病人に触れるだけで病を治し、愛を説き その地にすべての文化を教え、 山を谷に、谷を山にする力が持ち、 火を操る能力を持ち、天から火を降らせる 能力を持ち、どんな重い石でも 火の力でコルクのようにしてしまい 持ち上げられるようにできたといわれ 外見的にはあごひげをたくわえ、 白い肌をしており 背が高く、痩せ型で長いマントをしていた。 彼は全ての人に文化を教えると海の上を歩き 海の中に消えて戻らなかったというという伝承が インカには伝えられていました。 そして、インカの人たちはビラコチャは 必ず戻ってくると信じていました。 1500年代にはインカ帝国はエクアドルからチリまで 治める強大な帝国になっていました。 第12代皇帝ワイナ・アパックが亡くなり 二人の残された息子二人がインカ帝国を 自分ひとりのものにしようと 内乱を起こしました。 父の願いは南のクスコは兄のワスカルが 北のキトは弟のアタファルパが仲良く治めると いうものでした。 この兄弟の内乱のさなか スペインから新大陸に黄金を求めて 現れたのがフランスコ・ピサロです。 アタファルパはこの内乱のさなか 農民から白い肌をした男たちが 現れたことを知ります。 農民からの話によると 火を噴く道具を使うということでした。 そして外見は伝承とほぼ一致したものでした。 アタファルパはあの伝説の神である ビラコチャが憎き兄を倒す助けをするために 自分のもとに再来したと思いました。 ビラコチャは混乱した時代に再度現れて 平和な社会を作る。 その伝説どおりだとアタファルパは 考えました。 彼は平和のためにやってきたのではなく ただ黄金を求めてやってきた侵略者ピサロを 丁重に自分のもとに迎えました。 ピサロにとってはこのことは意外でした。 はじめは何が起こっているか全くわからないでいました。 それというのもコロンビアの北部では 原住民たちの反抗を受けてきていたからです。 計算高いピサロは自分たちの 容貌が彼らの神であるビラコチャにそっくりであり そのために彼らが厚遇していることを 知りました。 そしてピサロの頭が回転を始めます。 部下の調べではこの帝国は強大で 私たち140人の部隊がまともに戦ったところで 粉砕することは不可能だ。 いくら鉄砲を持っているとはいえ 数万にもの兵士に囲まれてしまっては 壊滅は免れない。 また他の部下の話によると この強大な帝国は先代の王が死に 現在この男(アタファルパ)と その兄のワスカルが王の座を手中に収めようと 躍起になっているという。 このインカの人々の王に対する服従は 半端でなく強い。 しかし、王のもとに権力は集中しており 信じられないくら組織力は弱い。 広大な帝国といっても服従している 勢力は最近になってのもので この王が死ねばインカ帝国への服従は なくなるだろう。 あいつ(アタファルパ)が我々をビラコチャの使いとして 勘違いしている間はあいつを殺すことはたやすい。 しかし、そのあとにあいつの兄貴が帝国を統一してしまう。 そうすると我々はあいつの兄貴に滅ぼされてしまう。 ということは、あいつにはこのまま我々を 偉大なビラコチャの使いとして このまま信じ込ませて あいつに南の兄貴を滅ぼさせて あいつが帝国を統一したときに あいつを捕まえて あいつの部下に帝国の全ての金を 集めさせて、それを自分のものに した後にあいつを殺して俺が ビラコチャとしてこの帝国の 全てのものを手中に収める。 と打算的な男ピサロは考えたのでした。 アタファルパにはこのようにいっておきました。 「 この混乱の時代にこの地にやってきたのは 偉大な神ビラコチャ様の命によるもので  悪の心を持つワスカルを倒そうとする  偉大な王アタファルパ様を助けるためなのです  あなたこそ、この混乱の時代を統一し  人々に平和を与えることができる唯一の王なのです。  ビラコチャ様から得た知識・知恵の全てをあなた方に  お教えします。力を合わせて憎きワスカルを倒しましょう。」 アタファルパはこの悪の言葉を信じてしまいました。 自分こそが神の中の神ビラコチャ様より 帝国を治めるように啓示を受けたものであると。 ビラコチャ様の啓示を受けたものとして 北のアタファルパの軍の士気は上がりました。 自分たちは神の神ビラコチャ様から選ばれた軍だ。 負けるわけがないと。 逆に南のワスカルの軍の大きく下がりました。 風の噂で北のアタファルパ様のところに ビラコチャ様が現れアタファルパ様が この帝国を治めるように啓示を受けたと。 南の軍はビラコチャ様に逆らっては 命がいくつあっても足りないと 恐れるようになってしまいました。 ワスカルは戦での報酬をいつもの数倍にして 戦士の士気を上げようと努力しますが 神の中の神ビラコチャの影響力の前には 金銭的な報酬など全くの無力でした。 こうしてアタファルパがワスカル軍を破り 帝国を統一します。 アタファルパは戦士の士気を大きく上げた ビラコチャの使いであるピサロ そして、神の中の神ビラコチャに大変感謝します。 そしてこれから皆が楽しく暮らすインカ帝国を 再度作ろうと意欲を燃やします。 しかし、その思いは絶たれます。 アタファルパは戦いの疲れを癒し これからの帝国像を描くために カハマルカの温泉に入っていました。 そのときでした。 ビラコチャの使いとして信じていた 白い肌を持つ者たちが 天から来た者だけが持つ火を噴く兵器を 自分に向けて立っているのです。 アタファルパは何の冗談だろうと 思いましたが、 その中心に立っているのが ビラコチャの使いのリーダーであり アタファルパが一番信頼を置いていたピサロだったのです。 アタファルパはそのとき ピサロが神の中の神ビラコチャの使いではなく 全てを破滅に導く悪魔の使いであることに気がつきました。 しかし、時すでに遅し・・・ アタファルパはカハマルカの中心の小さな部屋に 捕らえられました。 ピサロはアタファルパにこういいました。 「 この帝国の全ての金銀をここに集めろ。   そうしたらお前をここからだしてやる。」 アタファルパは部下に命じて帝国の黄金を 集めます。 アタファルパは自分の強大な勢力があるなら 彼らから釈放されれば、一度彼らに 渡った金銀も全て奪い返すことができ 自分にこれだけつらい思いをさせた 彼らを全員殺すことができると信じていました。 しかし、そんなことは知略家ピサロは 前々から分かっていたことで 目に余る金銀がカハマルカに集まった 時点で太陽神の子孫であるアタファルパを 殺しました。 アタファルパが幽閉されてから 7ヶ月たったときでした。 こうしてスペイン人たちが この地を支配するようになったのです。 【 読者のみなさんに注意 この話はフィクションです 】 長くなってしまいましたが、 インカ帝国について2回にわたって書きました。 ちなみに上に書いたことは スペイン人がインカ帝国の内乱のときに 北軍のアタファルパのところに現れ アタファルパがインカ帝国を統一し、 温泉で捕らえられて、7ヶ月後 殺されたという事実を 自分なりに想像拡大して書いたもので フィクションなので信じてはいけません。 ・・・・・・・・・ それでは次回は日本人考古学者 島田泉さんが 発掘した750年から1375年にこのペルー北部チクラヨで 栄えたシカンについて書きたいと思います。 これからが表題の『 ペルーはインカだけではない 』の 本番です。 それにしてもいつも前置きが長いですね。 それでは今回は以上です。 失礼します。
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 2『  ホームページの更新内容 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 今回のホームページの更新内容です。 ★☆★ 南米 旅の写真集 チクラヨ ★☆★ 【 シカンの遺跡 ツクメのピラミッド 】 ペルーの北部にモチェの後に興った シカンの後期の神殿後です。 神殿はエル・ニーニョ現象で原形をとどめていませんが、 丘に登って見る景色が美しいところです。
www.mucha-suerte.com/photo/tucume1.html#top ★☆★ ペルー料理の紹介  ★☆★ 【 パリウエラ 】 パリウエラとはシーフードスープです。 カニ、エビ、ムール貝、白身魚、 タコなどのシーフードを煮込んだものです。 これだけ贅沢にシーフードを使ったスープが 250円程度で食べられるのは やはりペルーが漁業大国である証だと思います。 www.mucha-suerte.com/comida/parihuela.html#top ★☆★ ペルーのジュース  ★☆★ 【 リマ 】 リマというフルーツは 一見するとライムの大きなものですが、 実はレモンのようなかんきつ系の刺激はまったくありません。 ハッサクのような味ですが、 ハッサクのようなカンキツ系の刺激はなく、 甘さだけが残ったようなかんじです。 ジュースにして飲まれることが圧倒的に多いです。 www.mucha-suerte.com/comida/lima.html#top ★☆★ ペルーのおやつの紹介  ★☆★ 【 マサモラ・モラーダ 】 マサモラモラーダは チチャモラーダを作る紫トウモロコシのとろみをつけたものです。 下の白い部分にはお米から作られたもので 日本でお正月でよく飲まれる 甘酒のアルコールが入っていないような味がします。 www.mucha-suerte.com/comida/mazamorramorada.html#top
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 3 西語のことわざ Quien parte y reparte se queda con la mejor parte 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ これを訳すと 切って分ける者が最良の部分と残る という意味です。 今回はスペイン語の分析をします。 まず「quien」 とは英語でいうと「who」 「parte」と「reparte」は「切る」と「分配する」 「se queda」とは「se」は「quien parte y raparte」に かかり、重複を避けています。 「queda」は残るという意味です。 「con la mejor parte」とは 「con」は英語でいう「with」 「la」は英語でいう「that」で mejor parte にかかります。 「mejor」は英語の「good」=良いの比較級でbetterと同じ スペイン語の「bueno」の比較級です。 「parte」は英語の「part」と一緒で部分という意味です。 それでは、ちょっとスペイン語について 触れてみました。と終わりたいところ(笑)ですが 続けます。 これは資本家と労働者の話がわかりやすいと思います。 基本的には使用人というのはかなりの低賃金で働き 親方とか主人は多くもらっています。 サラリーマンが給料安くてやってられないぜというのも このためです(笑) またはガキ大将がいて、その子分は ガキ大将よりも多くはもらえないといったかんじでしょうか。 このことわざは大事な面の表の部分を見せています。 安直に考えてしまうとしたら、下働きは もらいが少なくてつらいということですが、 それは当たり前です(笑) Quien parte y reparte se queda con la mejor parte, pero a veces se tiene que quedar con lo peor parte tambien. この文章の後ろの部分は私の創作です。 全体を訳すと 分ける者が最良の部分と享受するが ときおり、最悪の部分とも共にしなければならない。 ようするに基本的には資本を出しているものが 最良の部分を得るのは当然です。 ですから資本をだしていないものが 彼らに比べて報酬が少ないのは当然です。 事業を失敗したときに資本家は 何かしらの責任を取る必要がありますが そこで働いていたものは 大なり小なり責任は取るのでしょうが 資本家よりは少ないものというのが普通です。 株でいったら、会社の調子が悪くて 赤字をだしたら、株価が下がることで 株主(資本家)はダメージは受けます。 資本が減るわけです。 しかし、その会社で働いている 社員は減棒はあるかもしれませんが 給料を得ることができます。 日本の銀行のように護送船団方式の経営で 規模を大きくして潰せないようにして 国民のお金で生きるという 謎の経営もありますね(笑) かなりシタタカな経営手法で 同じ日本人ながら関心します。 規模を小さくして私の体験として 1000円で焼肉食べ放題の保谷(田無)にある 肉のオークラでアルバイトをしていたのですが、 客相手の商売はムラが大きく 儲かる日と儲からない日の 差はかなり大きなものです。 土日は外で待つお客さんがでるほど 込み合うのですが 平日はかなりムラがあって 雨が降ったり、サッカーの国際戦があったりすると お客さんは一気に減少します。 そうなると私をはじめとしたバイトに 給料を払っただけで今日の収入が終わってしまうという ときがあります。 そういうときは、マスターとママから 給料をもらうのがつらかったですね(一日一日給料をもらっていました) もちろん、マスターとママはすごい人間ができていて 気持ちのよい人なので、笑顔で労をねぎらい 給料を払ってくれます。 私が店主なら今日は給料なしね。 なんていいたいところですけどね(笑) 店にお客さんがいっぱいくれば 店が儲かるのでしょうが、 入らないときはつらいですね。 それというのもマスターやママ 一緒に働いていいたおばさんなどに かなりよくしてもらっていて 一体意識があったからです。 しかし、あのお店は1人1000円(消費税を入れると1050円)で 肉を食べ放題で儲かるのかという疑問が残るお店です。 もちろん、高級な焼肉屋ででるような 肉はでませんが、私は客の立場としても かなり好きな焼肉屋です。 近くに住んでいる方や新青梅街道を通る方(店は新青梅街道沿い)は 是非食べにいってみてください。 私も日本に帰ったらすぐに食べに行きたいと思っています。 日本のはじめの食事が1000円焼肉になる可能性はかなり 高いと思っています。 アイサツも兼ねてというかんじですけどね。 とにかくお腹いっぱい肉を食べたいという人には お勧めのお店です。 働いていた人間の勧めなので まあ、それほど真に受けず適当に流しておいてください。 もしも読者の方がお店にいったらマスターかママに 坂本がよろしくいっていたとお伝えください。 お店の地図などはここに書かれています。
www.mucha-suerte.com/yakiniku/yakinikutanashi.html それでは、話は自分が働いていた焼肉屋の紹介まで 発展(笑)しましたが、 資本家は稼ぎもでかいが、損失もでかいという 話でした。 今回はこれで以上です。 さよなら・さよなら・さよなら
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 4 終わりの挨拶 『 コンタクトレンズを買ったときの話 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ みなさん。こんにちは。 坂本英則です。 私は中学生の頃から目が悪くなり もう10年以上にわたりコンタクトレンズと メガネを使っています。 高校生の頃から使い捨てのコンタクトレンズを 使っているのですが、 今回このチクラヨでFOCUS社の一箱に6つレンズが 入ったコンタクトを購入しました。 一箱22.5ドルでドル払いで払いました。 ペルーはドルの流通が多い国で カジノでテーブルゲームをするときも ドルというのが普通ですし、 ワラスなどの観光地ではドルで受け取り 現地通貨ソルで払います。 というところもあります。 チクラヨではスーパーでドルで払うと ソルで返してくれます。 レートは驚いたことに 銀行で両替するよりも 良いということがあります。 銀行で一ドル3.44としたら 3.46で受け取るといったところもあります。 この国は両替に苦労しない国です。 ナスカの地上絵を見たときも20ドルだった(かなりの値切り)のですが、 ドルで払ったのを覚えています。 話は両替にそれましたが、 そこで私がお金を払って受け取って すぐに帰ろうと思ったときに 店員の若い娘が私に 「 箱の中を確認してください 」 というのです。 私ははじめ何をいっているのだろうと 思いました。 それというのも箱の横の部分に テープが貼ってあり どこから見ても新品だからです。 私は別に調べるのは面倒なので 「 もう行く 」 と一言いって帰ろうとしました。 しかし、その若い店員は 「 ノーーーーーー 」 と大声をだして私を引き止めるのです。 そして 「 私に調べさせて 」 と行って来ました。 まあ変に箱を汚さなくていいと 思って調べなかったのですが、 その娘はテープを箱が壊れるんじないかと 思うくらい強引に開けて 中を確認しました。 そして私に 「 ちゃんと6つあるでしょう。 」 と同意を求めました。 私はその箱の開け方に唖然としていましたが(笑) まあ6つあることに同意しました。 私は彼女が中身を確認してほしいと 私に頼んだときに その意図について考えました。 1.【本当は6個入っていたのに5個しかなかったぞとか  4個しかなかったぞと嘘のクレームを言って  もっとコンタクトをもらおうとする客が以前にいた。  またはそういう詐欺師軍団がいた。】 2.【6つ入っていたものをいくつか抜いて販売していた   いんちきコンタクトレンズ屋が存在していた。】 3.【業者がよく間違って少なくいれてあることが多く   その失敗をお客さんは店がやったものと勘違いしていた。】 なぜ彼女が調べたかというのは 私にはわかりません。 ただ、2001年にあったのは リマのサンフランシスコ教会の近くの 路上で250mlの瓶のジュースを販売している ところがあったのですが、 私はそこでコーラを頼んで飲んでみました。 するとあのコーラの炭酸のアタックが全くなく しかも水で薄められているかのように 味が薄いのです。 こいつら薄めているなと私は思いました。 まだ空けていない蓋を見ると 綺麗に瓶に蓋が閉まっています。 しかし半分くらいは水で薄めているかんじでした。 ただで手に入る水道水を使って利益を 2倍にしようと考えたのでしょう。 そんな蓋をいちいち交換して 薄めてなんて面倒くさいですが、 そうしたほうが彼らは利益が上がるのでしょう。 これはかなりびっくりした事件でした。 一つだけならそれだけおかしかったのではないかと 反論を受けそうなので、補足しておくと 私は意図的にやっているかどうかを 確認するためにもう一本買って味を確かめてみました(笑) やはり薄められていました。 仕事があまりない国ではそういう金の儲け方も 考えられるのだなあと感じた一件でした。 ただ、そんなセコイ(笑)ことをしているのは 彼らだけでした。 普通のペルーの人たちはそんなことは絶対やりません。 今回のコンタクトレンズを確認してくれと いわれた話も昔に何かしら悪い奴らがいたのかなあと 考えた一件でした。 次回お楽しみに!! ムーチャスエルテ メールマガジン 《 VAMOS 》          発行者:坂本英則 ===========★VAMOS 第46号★==========2003/10/03(金) 発行=========== ===========■メールマガジンへのご感想、ご質問をお聞かせ下さい■===== 南米情報ムーチャスエルテのホームページにも気軽に遊びに来てください^0^ http://www.mucha-suerte.com/ ・・・・・・・・・・・・・・・発行者・坂本英則・・・・・・・ ご意見・ご質問・ご要望などは
hidenori1600@hotmail.comまでお願いいたします。
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