モアイの誘い ムーチャスエルテのジフ
ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

ムーチャスエルテのメールマガジン
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□  / \ 南米情報ムーチャスエルテ・メールマガジン
■( 旅 )  ≪(^0^) VAMOS!!≫   VOL 48
□ \ // 2003/10/12(日)
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  ☆☆☆  http://www.mucha-suerte.com  ☆☆☆
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★★★★★★★★★★…・も・く・じ…・★★★★★★★★★★ 1.
発行者挨拶 『 ロロ神殿の東の墓の西の方向にあるものとは!!』 2.更新内容 3.西語のことわざ 『 A burro muerto ,cebada al rabo 』 4.終わりの挨拶 『 はい。いいえの答え方に見る日本の文化とラテンや欧米 』
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 1 発行者挨拶 『 島田泉教授のワカロロの発掘とシカン文化!!  』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ みなさん。こんにちは。 「 南米情報ムーチャスエルテ 」 http://www.mucha-suerte.com の管理人の坂本英則です。 前回は紀元後750年頃から1300年代後半まで 続いたシカン文化について紹介しました。 そして日本人考古学者 島田泉教授がワカ ロロの東の墓から 歴史を変える大発見である黄金仮面を発掘した話。 そして、西の墓を掘る理由まで書きました。 黄金仮面が発掘された東の墓の主体は 真西を向いて埋葬されていました。 一般的には太陽が昇る真東を向いて埋葬されるのが 普通ですが、真西を向いていることから 島田泉教授はプラットフォームを挟んで 西側にこの東の墓と対応した 全く同じような墓がプラットフォームの西にあるという仮説をたてて 1995年7月10日に発掘が始まりました。 【 前回の復習となるロロ神殿と東の墓と仮説上の墓の位置 】 ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ― |            | |            | |            | | ワカ ロロ と東の墓の場所の略図    | |            | |            | |            | |            | |            | ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― |プ| ---- 東の方角 |東| |ラ| | ? | 西の方角       ―― |ッ| ----- |ト| |フ| |ォ| ||| |ム| そのときにはTBSがドキュメンタリー番組を 作るため、取材にきていました。 発掘にはやはり資金援助がなくてはならないものです。 それをTBSが全面的にバックアップしたわけです。 民放ですが、文化面に力を入れる姿勢は素晴らしいものです。 そのときに一緒に持ってこられたのが地中レーダーという100kgの重さのある 機械です。 これはマイクロウェーブを発信する機械で 地中にマイクロウェーブを流して 地中の中の物質から反射してきた波の速さから 地中の中の状況を分析するというものです。 これを利用すると 地中に日干しレンガがあるとか、 地中に金属の反応があるとか、 この部分は空洞になっているというのが わかるそうです。 わたなべ ひろかつ さんという技師の方が 現場を訪れて探ったそうです。 しかし、このハイテクが登場したのは1995年のことですから、 1991年の島田泉教授の発掘は自分の仮説から 発掘したものであることがわかります。 【ポマックの森の盗掘の跡は10万個】 これは驚きの数字なのですが、 ポマックの森にはなんと10万個にも及ぶ 盗掘の跡があるのです。 島田泉教授はその盗掘の後に東の墓から黄金仮面を 含む数々の黄金を 発見しているのです。 ここで興味深いことがあります。 わたなべさんの地中レーダーではたしかに反応があるという 場所があったそうです。 また、TBSでは教授に黄金を発掘してもらって 視聴率をとらなくてはならないというテレビ局の 不文律となっている義務があります。 ですから、スポンサーの意向としては教授には とにかくレーダーで反応があったところをところかまわず 掘って黄金を掘り当てて欲しい(ところかまわずというのはいいすぎですが) と思うのが当然です。 しかし、島田泉教授はレーダーは自分の仮説を補強するものであって そこに反応があるから掘るというスタンスではなかったようです。 【島田泉教授の考古学のスタンス】 島田泉教授は黄金がある、墓があるから掘るというのではなく、 科学的な検証の元に仮説を立てて、 それを証明するために 発掘するというのが考古学だというスタンスを持っていたようです。 考古学は盗掘や、ただ黄金を発見して考古学者として 名を上げるためにあるのではないという 島田泉教授の信念を感じます。 たしかに、発掘を依頼された大学教授が発掘品を 自分のものにしてしまったという話は 昔はいくらでもあったのでしょう。 そういう奴は当然打ち首にしたほうがいいですね。 私が大学教授なら絶対持っていくでしょうけど(笑) まあとにかく島田泉教授の日本男児らしい信念と 誠実さはかっこいいですね。 ディスカバリーチャンネルで馬に乗って 近鉄バッファローズの帽子を被って 発掘現場に現れた場面もかっこよかったです。 【島田泉教授の仮説の通り西の墓は存在したのか】 これが読者のみなさんには気になるところだと思います。 島田泉教授の仮説だと東の墓と対となる同じような墓が 西にあり、その墓の主体は東の墓の主体が西を向いていたのとは 逆に東を向いているというものでした。 それでは、その結果は次回に!! なんていっていると部屋の中、パソコンの中 そして私の頭の中に溜まりに溜まっているホームページに アップしなくてはいけないものをいつまでも アップできなくなってしまうのでがんばって続けます。 西の墓は島田泉教授の仮説の通りに確かに姿を現します。 しかし、3メートル×3メートルの東の墓よりも スケールが大きなもので。 10メートル×6メートルのものでした。 そこで教授の仮説の一つ、 全く同一の対になっている墓というのはまず崩れます。 しかし、墓が存在するという一番大きな 仮説は合っていました。 そこから何メートルも掘り進むが なかなか肝心の発掘品は姿を見せませんでした。 途中でアシを織った布などがでてきますが、 肝心の主体がなかなかでてきませんでした。 西の墓はだいたい底といわれる部分まで 13メートルも掘りました。 その底の部分には10個の穴があり、 人の骨がでてきました。 しかし、金、銀関係に関してはいまだにでていませんでした。 そして、その13メートルの底の中央部分に もう一つ3メートル四方の穴がありました。 西の墓は2重構造だったのです。 そこを掘り始めると、ツンバガ(金、銀、銅の合金) の破片がでてきました!! そして、朱色がかかったしゃれこうべまでが 発掘されます。 朱色を塗ることができるのは シカン文化では高貴なものだけです。 結果をいってしまうと そのしゃれこうべはこの西の墓の主体でした。 そしてツンバガはこの主体が被っていた 冠の一部でした。 しかし、東の墓は黄金の墓でしたが、 この西の墓ではめぼしい黄金の発見はありませんでした。 西の墓の主体のそばには東の墓と同じように 聖なる腕が底に置かれて、腕の右手には杯をありました。 またツンバガの仮面を被っていました。 金の合金といっても西の墓のものは 銅の含有率が非常に高いもので 東の墓の黄金仮面とは比較になりません。 そしてもう一つ教授の仮説で大切な部分が 残っていました。 東の墓と西の墓は対で 主体同士が向き合っているというものでした。 しかし、なんと西の墓の主体も 東の墓と同じく西を向いていたのです!! なんとこの西の墓の主体も 一般論では説明できない真西の方角を向いて 埋葬されていたのです。 ちなみに西の墓の主体は東の墓の主体のように 逆さまに埋葬されていたのではなく、 両腕を胸の前で組んで、あぐらをかいた姿勢で 埋葬されていました。 教授の仮説がまた崩れます。 シカンの遺跡の謎は掘れば掘るほど 深まるばかりです。 なぜ埋葬された墓の主体は 西を向いていたのか? それはいまだにしっかりとした解釈がなされていません。 また東の墓の主体はなぜ逆さまに埋葬されていたのか それに関しては見解がすでにできています。 それに関しては次回に紹介します。 また興味深いことにシカンの王の墓は 今だに発見されていないのです。 島田泉教授はどこに王が眠っているか 分かっているそうです。 しかし、教授はペルーという国の 国家の代表的な遺跡というのは、その国の 学者が研究した上に発掘するべきであるという 理由から発掘をしないそうです。 もしも、彼らが自分の力を必要とするのなら 喜んで協力するという姿勢だそうです。 また島田泉教授の言葉で覚えているのは シカン博物館の紹介ビデオの 冒頭で言っていた 「 発掘はギャンブルですから 」 という言葉です。 私が思うに島田教授は理にかなったギャンブラーだと思います。 10万もの盗掘穴を残したギャンブラーたちの ことも個人的にはかなり興味があります。 最近のことか、何百年も昔のことだかわかりませんが、 仏も恐れぬ恐ろしい強運のギャンブラーが このシカンには存在したのかもしれません。 私がチクラヨに1ヶ月以上も滞在していることを 「 お前が有り金全部をはたいてペルー人を雇い   ポマックの森でこそこそ黄金狙って掘ってるんじゃないか 」 と疑いをかける人もいるかもしれません(笑)が、 盗掘者たちその土地の地主になったり、ブルドーザーを使ったり、 人と組み組織的に盗掘をしたりと完全にプロですし、 黄金仮面の発掘は地中から13メートル下。 素人がむやみに掘ったところで結果は目に見えています。 また盗掘は犯罪行為ですし(笑)危険です。 最近の私といったら、 毎日起きたらホームページの更新、 更新で頭が痛くなっています(笑)→事実にしたくないですが事実です(涙) それでは次回は 1.東の墓の主体が逆さまに埋葬されていた理由 2.東と西の墓の主体が真西を向いて埋葬されていた理由 (2はいまだに解明されていないので、私なりの推論を書いてみます。) をお送りします。 それでは次回お楽しみに!! 失礼します。
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 2『  ホームページの更新内容 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 今回のホームページの更新内容です。 ★☆★ 南米 旅の写真集 ペルー チクラヨ ★☆★ 【 シカン博物館 東の墓 】 1991年に島田泉教授が発掘したロロ神殿の東の墓の 発掘品の紹介です。東の墓の逆さまに 埋葬された主体などが写っています。 また東の墓から発掘された黄金細工なども紹介します。
www.mucha-suerte.com/photo/sican1.html#top www.mucha-suerte.com/photo/sican2.html#top ★☆★ 南米の芸人の紹介 ★☆★ 【 チクラヨの手品師 】 チクラヨのモチェの遺跡のシパン王の墓の バスの中で見た手品師です。 今日はサーカスが休みだから ここで仕事をしているといっていました。 大道芸人といっても、 ピンからキリまでいるものでプロレベルもあれば、 素人レベル以下(笑)のものまでいます。 この手品師はわかりやすくて非常に楽しいものを見せてくれました。 バスが動いているのにやっているのがすごいです。 こちらのバスの中では歌を歌いますとかいって芸をやったりする人がいるくらいです。 また売り子もたくさん入ってくるのでバスは非常ににぎやかです。 www.mucha-suerte.com/geinin/magic.html#top ★☆★ 南米の芸人の紹介 ★☆★ 【 エクアドル オタバロのフォルクローレ】 オタバロでやっていたフォルクローレの紹介です。 随分とアップが遅くなってしまいました。 アップする内容が多くて、 なかなかアップできずにいました。 オリジナルのフォルクローレの曲などを披露してくれました。 ホームページでは動画も楽しむことができます。 www.mucha-suerte.com/geinin/magic.html#top ★☆★ ペルーの飲み物の紹介  ★☆★ 【 大麦から作るセバーダ 】 このペルーの麦茶は 日本のシンプルなものとは一味も二味も違います。 それというのもこの麦茶には まずパイナップルを細かく刻んだものが入っているし、 ライム果汁が入っているからです。 麦茶とフルーツが合わさって こちらのセバーダというフルーツ麦茶になりわけです。 日本の麦茶とはかなり違いますが、 なかなか甘くておいしいです。 チチャ・モラーダのほうが圧倒的にだしているところが多いですが、 セバーダを作っているレストランもあります。 www.mucha-suerte.com/comida/cebada.html#top ★☆★ ペルーの飲み物の紹介  ★☆★ 【 この色はなんなんだ チャンプス 】 チャンプスはチクラヨのメルカドなどで よく飲まれている飲み物です。 温かいものが好まれて飲まれているようです。 温かいものはまるでくず湯のような食感がして体が温まります。 チャンプスを構成しているのはマサというとうもろこしの粉状のものです。 チャンプスの構成しているのは先ずトウモロコシの粉状のもの、 それにリンゴ、パイナップル、オレンジ、シナモンです。 フルーツがふんだんに入っており、栄養たっぷりといったかんじです。 はじめ見たときにはその色にびっくりしました。 www.mucha-suerte.com/comida/champus.html#top
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 3 西語のことわざ『 A burro muerto ,cebada al rabo 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ これを訳すと 死んだロバの尾に大麦 となります。 死んでしまってから、 エサをあげても無駄であると いっているのだと思います。 要するに節約してケチケチして ロバを働かせてロバが死に、 その後に後悔して エサをあげても、もう遅いということだと思います。 このことわざは自分の中で経験があります。 今でも私はかなりの貧乏なのですが、 昔から貧乏でした(笑) 大学のはじめのころは 特につらくて、 寮費から授業料、生活費を自分で全て捻出すると 苦学生気分で東京に乗り込んできたときでした。 苦学生といいながらも、大学へは ほとんどいかなかったので、名目は学生だが 実質は学生ではありませんでした(笑) 文章読んでいてわかると思いますが 私のように勉強しないとこういう拙い文章になってしまうので 学生で読んでいる方がいたら、 目的を持ってしっかりと勉強しておいたほうが良いと思います。 屈辱的だったのは、田無の駅前のセブンイレブンで6枚入りの食パンを 買おうとしたときでした。 117円くらいだったような気がするのですが、 よし買おうと思ったら 116円しか金がなく1円なくて買えなかったのです。 食パンを手に持ちながら、財布の中の10円玉を 必死と1円玉を必死に数えたのですが、足りなかったのです。 そのころは食パンにケチャップをかけて 寮の友達の電子レンジで焼いて食べるという 不健康な食生活を送っていました(笑) そのときに1円でも金が足りなければ買えないということを 初めて知りました。 また工事現場のバイトに行っていたのですが、 お金がなくて、その現場 (池袋の駅の中=駅のフォームの盲人タイルを張る仕事)に 行く交通費がなくて、同室の先輩に 「 1000円貸してください 」 とお願いしました。 先輩は 「 お前その金, 何に使うんだ? 」 と疑りぶかそうに聞きます。 「 いや、実はバイトに行くための交通費がないんです。   バイトしているのですけど、来月になるまでお金が入らないんです。   どうにかなりませんか?」 「 英則。泣けるな〜。1000円か。出世しないと思うけど   出世払いでいいよ。じゃ、がんばってこいよ。」 なんてことがよくありました(笑) たまに学校にいっても、クラスメート同士が 昼飯いこうぜとカフェテリアに行くのですが, 自分だけ無料の温かいお茶しか飲んでいないわけです。 それで、クラスメートの中にはいい人がいて 「 坂本、お前金ないのか。それなら俺だしてもいいぞ。」 とか言ってくれる人もいたりしました。 普通こう言われたら屈辱ですが、優しいやつだな。 私は素直に思いました。 ちなみにお腹は減っていたものの 「 授業の前にもう食べたからいいよ 」 と嘘をいってその場をしのぎました。 まあこれらの経験からいうと、やはりお金を稼ぐのはつらいと いうことでしょうか。アルバイトをやりまくっても 稼げるお金もたかがしれていました。 とにかく 「 つらい 」 の一言で、 親のありがたさを実感したというかんじでした。 高校生までは親と一緒に暮らしていたので バイトで働いたら全て遊びにまわせたわけで お金はちょっとしかなかったものの金に対する苦労はありませんでしたから。 ちなみに断っておくと、このままだと 私の両親が鬼のような人に感じるかもしれませんが、 実は両親は子供に仕送りをしたいといっていたのですが、 私が大学生になったら自分のことは自分ですると 決心したので、男の意地で後にひけない状態になったのです。 今から2年半前の帰国したあとも、大学生のころにあの生活ができたのだから 今でもできると思って、 お金を貯めるためには、高いエンゲル係数を減らそうと 困窮生活しかないと挑戦したのですが、 2週間くらいしてから、風邪をひきました。 それで、熱もでて最悪の状態になりました。 この出来事は今回のことわざにぴったりとあてはまります。 風邪ひいて苦しんでからでは遅いし、栄養を取らずに 病気になったら働くこともできないし、 病気の治療にも薬買ったり、栄養あるもの食べたりと お金が必要以上にかかる。 やはり栄養は最低限取らなくてはならないなと体験しました。 やはり10代のときはどんな無理でもできますが さすがに今となると無理もできるけど 10代のときほどの無理はできないと感じました。 若さの偉大さを実感するとともに、栄養はしっかり取らなくては ならないと実感した体験でした。 命やお金も大切ですが、まず 「 健康 」 であることが 一番大切だと思います。 それでは、今回は以上です。
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 4 終わりの挨拶 『 はい、いいえの答え方に見る日本の文化とラテンや欧米 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ みなさん。こんにちは。 坂本英則です。 ところで、前回のことわざで 「青春の門」を書いたのは遠藤周作さんと 書きましたが、五木寛之さんの間違えでした。 遠藤周作さんと五木寛之さんのファンの方には 気分の悪い思いをさせてしまったと反省しております。 またメールで教えてくださった 読者の方もいらっしゃいました。 教えていただきどうもありがとうございます。 ところで、今回はちょっと言葉に反映されている 文化について考えてみたいと思います。 日本語の場合ですが、 もしもこのように質問されたらどう答えますか? 「 あなたはペルーに行かないのですか? 」 普通なら 「 はい。行きません。」 「 いいえ。行きます。」 となると思います。 「 そんなことはわからない。」 という答え方はなしにします(笑) 英語の場合はどうでしょうか? 「 Don't you go to Peru ? 」 普通なら 「 No , I don't go to Peru 」 「 Yes, I go to Peru 」 になると思います。 スペイン語ではどうでしょうか? 「 No vas a Peru ? 」 普通なら 「 Si, me voy a Peru 」 「 No, no me voy a Peru 」 となると思います。 ここで注目するところは 【はい】、【いいえ】の使い方です。 日本語の場合は「行かないのですか?」 という質問に対して、行かない場合には 【はい。いきません】 と相手の質問に合っているか、合っていないかで 【はい】と答えておき、その後に自分の意思の部分で行きませんと言っています。 しかし、英語、スペイン語の場合は「行かないのですか?」 という質問に対して行かない場合には 【いいえ。いきません】 とはじめの【はい】【いいえ】で自分の意思を伝えて そのあとにも、また自分の意思を言っています。 私はこの言葉の使い方の違いに文化の違いを感じます。 英語、スペイン語文化圏で大切にされているのは たぶん、その人の意思なのだと思います。 ですからはじめに【はい】、【いいえ】で 自分の意思を明らかにしているのだと思います。 また文法的に理屈に合った答え方をしています。 普通は 「 YES 」 と答えたらその後の文章は肯定になるからです。 逆に「 NO 」と答えたらその後の文章は否定です。 行くか、行かないかという自分の意思を中心に据えての答え方です。 日本語はなぜ、こういった答え方とは異質なのでしょうか? 私はこう考えました。 日本というのは質問した相手の立場を中心に据えて考えているから このような答え方になっているのだと。 「 遊びに行かないの? 」 と日本語で質問されたら 遊びに行く場合は 「 いや。行くに決まっているでしょ。」 のような答え方になり、 初めにNOが置かれます。 しかし、それは相手の質問の内容に対して「NO」で あって、自分が行かないことに対しての「NO」ではありません。 逆に 「 学校にいかないのか? 」 という質問に対しては 「 はい。いきません(笑) 」 となり、相手の質問に対して「YES」であって、 その後の否定文では自分の意思を表し、行きませんと答えます。 私がそのことから思うのは 欧米言語は相手の質問があったら まず自分の意思を表現するのが大事であり、 日本語の場合は相手の質問の意図を 大事に考えているのではないかと。 要するに日本語の「はい」、「いいえ」の答え方は 質問してきた相手を最重要視しているのではないかと思っています。 日本語覚えたての外国人に 「 ごはん。食べにいかないの?」 と質問をしたら 「 はい。行きます。」 と「はい」の後は「行かない」と答えるのではないかと ちょっと私たちには慣れない答え方をすることでしょう。 逆に日本人が英語やスペイン語で答えるときは その逆になるかもしれません。 「 Don't you go to eat ?」 と尋ねられたら 「 No. I go 」 と答え、 外国人たちはドリフのコントなみにこけることでしょう。 まあ、言葉からその国の文化を比較するというのも おもしろいかもしれません。 次回お楽しみに!! ムーチャスエルテ メールマガジン 《 VAMOS 》          発行者:坂本英則 ===========★VAMOS 第48号★==========2003/10/12(日) 発行=========== ===========■メールマガジンへのご感想、ご質問をお聞かせ下さい■===== ==南米情報ムーチャスエルテのホームページにも気軽に遊びに来てください^0^== http://www.mucha-suerte.com/ ・・・・・・・・・・・・・・・発行者・坂本英則・・・・・・・ ご意見・ご質問・ご要望などは
hidenori1600@hotmail.comまでお願いいたします。
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