モアイの誘い ムーチャスエルテのジフ
ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

ムーチャスエルテのメールマガジン
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□  / \ 南米情報ムーチャスエルテ・メールマガジン
■( 旅 )  ≪(^0^) VAMOS!!≫   VOL 49
□ \ // 2003/10/15(水)
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  ☆☆☆  http://www.mucha-suerte.com  ☆☆☆
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★★★★★★★★★★…・も・く・じ…・★★★★★★★★★★ 1.
発行者挨拶 『 ロロ神殿の2つの謎について考える!!』 2.更新内容 3.西語のことわざ 『 Genio y figura hasta la sepultura 』 4.終わりの挨拶 『 日本人は感情を表に出さない 』
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 1 発行者挨拶 『 ロロ神殿の2つの謎について考える!!  』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ みなさん。こんにちは。 「 南米情報ムーチャスエルテ 」 http://www.mucha-suerte.com の管理人の坂本英則です。 それでは今回は 1.東の墓の主体が逆さまに埋葬されていた理由 2.東と西の墓の主体が真西を向いて埋葬されていた理由 (2はいまだに解明されていないので、私なりの推論を書いてみます。) ホームページをごらんになった方は視覚的に ロロ神殿の東の墓の主体がどのように埋葬されていたかを すでにご存知のことだと思います。 東の墓の主体は逆さまであぐらをかいた状態で 首を体から切り離されていて、 顔だけは黄金仮面と一緒に西の方角を向いて 埋葬されていました。 復習にもう一度写真を見たい方は このページを見てください。
www.mucha-suerte.com/top/top16.html#1 左側が黄金仮面のアップで 右側が東の墓の様子です。 東の墓の主体の横には二人の女性が一緒に埋葬されており 一人は股を開き、ひざを上げた状態で横になっており、 もう一人はその足の近くをあぐらをかいて座っています。 解釈をかく前に想像してください。 なぜこのように埋葬されたのかと? ヒントを書きます。 1.東の墓の主体が被っていた黄金仮面は 血を表す赤で装飾されていた。  また東の墓の主体自身の顔にも、  血と高貴なものを表す赤が塗られていた。 2.一般的には高貴なものの副葬品というのは その人物がそのままつけたまま  埋葬されるのが普通だが、東  の墓の主体は副葬品をつけていなかった。 3.東の墓の主体の近くの女性の一人は 足をひざを上げた状態で股を広げるように  埋葬されていた。  そして、もう一人の女性は彼女の股を  見るようにあぐらをかいた状態で座っていた。 第三ヒントまではここまでとして それでは、正解はなんでしょう? 【なるほど THE ワールド】風にいきましょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 愛渇:それでは、四番のテーブルからいってみましょう。 ダチひろし:「 ダチひろしです 」 ダチの答え:「 シカンでは地中の奥深くに 死後の楽園があると信じてられていて   逆さまでないと死後の楽園に   入ることはできないと考えられていた。」 愛渇:「 はい。消えた!! 」 ・・・・・・・ それでは、次、3番テーブル。ゲストのダキョウ倶楽部 ダキョウ倶楽部: 「 愛渇さん。シカン文化って時間 が経ってから王が生き返るために     死体をミイラにして   保存するってことはしなかったのですよね。 」 飢死魔:「 うんうん。 」 →西田敏行さんの真似をしながら 愛渇:鋭いね〜。それでは答えは? 【ヒント4】→シカンでは死者が再び、その体で蘇り、        再生するとは考えていなかった。        したがって、ミイラを作る文化は存在しなかった。 ダキョウ倶楽部:「 黄金仮面は・・  」 →愛渇からもっとヒントを引き出そうとする 愛渇:「 もうヒントはだせないよ。答えは? 」 →回答者が男性であるため進みが速い ダキョウ倶楽部: 「 逆さまになることで頭のほうに血が溜まって黄金仮面に   血が多く届き、黄金仮面とともに再生すると信じられていた。どうだ!!」 愛渇:「 はい。消えた!! 」 →テーブル強打 飢死魔:「 訴えてやる!!」 ・・・・・・・ 愛渇:それでは、2番テーブルいってみようね。 愛渇:「 それじゃ、朝呑(あさの)優子ちゃん。      最近はW朝呑(古い)でがんばってるね。」 朝呑:「 愛渇さん。もしかして横に座ってる      あの女性たち二人がかなり関係していますよね〜 」 愛渇:「 優子ちゃん。鋭いね。      あのあぐらをかいて座ってる女性はもう一人の女性の      ための手助けのために座って・・・・ああ。言い過ぎた。」 飢死魔:「 ヒント出しすぎだ。訴えやる!! 」 【ヒント5】→ 横にいる女性二人は重要な存在で、あぐらをかいて座っている女性は もう一人の女性を手助けするためにいる 朝呑:「 シカンでは生まれ変わるとき、      男性は女性に生まれ変わると信じられており      逆さまになっていた主体は横の女性の体になって生き返る・・・」 愛渇:右手を頭上に高く上げる 朝呑:「 ・・・なんてことはありませんよね。」 愛渇:「 優子ちゃん。そんなことはないね。」 →右手を下ろしてテーブルに斜に立っている。 飢死魔:「 おい。もう答えいったじゃなか〜。きいてないよ〜 」 愛渇:→飢死魔を無視 愛渇:「 それじゃ答えは?」 朝呑:「 横たわっている女性は主体の子を宿していて 」 →愛渇の顔がなぜか朝呑に接近する 朝呑続ける:「 生まれてきた赤ん坊の体に東の主体が乗り移る 」 愛渇:やさしくそしてゆっくりと 「 はい。消えた。」 愛渇:かなり近くなってきたよ。それでは一番テーブル。 愛渇:「 それじゃ。魔裂飽。」 堺 魔裂飽:小声で  「 シカンでは頭蓋骨変形の文化があって黄金仮面を長く被ることで    頭蓋骨の変形がますます進み、生まれ変・わ・・る・・・・・」 →愛渇の右手が上がり始める。 →魔裂飽は愛渇の動きを察する 堺 魔裂飽: 「・・なんてことは考えられないなしな〜。う〜ん。なんだろ〜 」 ★★★ ティリ・ティリ・ティリ・ティリ・ティリティリ ★★★ →なぜか早めに時間制限の音楽が聞こえてくる。 魔裂飽:「 おい。なんかやけに早いじゃないかよ。」 愛渇:「 魔裂飽。もう時間がないよ。」 魔裂飽:「 よし。わかった。シカンは逆さまに埋められていることで       横に二人の女性を一緒に埋めて・・・」 愛渇:「 うん。それで 」 魔裂飽:「 一人の女性がもう一人の女性を助けることで・・ 」 愛渇:「 それで・・・」 魔裂飽:「 しかも仮面と頭蓋骨の赤は血を表していた・・ 」 愛渇:「 う〜ん 」 →キンキンの右手が天井高く上がる。 魔裂飽:「 しかもミイラの文化はなかった。」 →キンキンの右手がテーブルにつきそうになっている 魔裂飽: 「 わかった。東の墓の主体は赤ん坊として横たわっている女性から生まれて   その前のあぐらをかいている女性はお産婆さん的な役割をする。   そして逆さまに埋葬されているのは主体が女性の胎内にいて   これから生まれることを表している。」 愛渇: 「 正解 」 →魔裂飽が金一封をもらって喜ぶ ・・・・・・・・・・・・終わり・・・・・・・・・ それでは、現在までの解釈はこうなっています。 シカンでは死んだ後は もう一度赤ん坊から生まれ変わると信じられており 逆さまに埋葬されたのは女性の胎内にいることを表しています。 そばにいる女性はその生まれ変わってくる赤ん坊を 生むために埋葬され、前の女性はそのお産を手助けするために 埋葬されています。 これが現在までの答えです。 クイズ方式にして長くなってしまいました。 それでは、なぜ東の墓と西の墓の主体は一般的に考えれれる 太陽信仰のように東を向いて埋蔵されておらず 西を向いていたのかというミステリーについて考えてみようと思います。 このことに関してはまだ謎に包まれており 解釈はなされていません。 それなので私なりに推論を書こうと思います。 まず、私は西の方角を向いているのを いつもお話ししている神話でこの地に全ての文化を授けた ナイムラップが死後、鳥に姿を変えて飛び立った方角が 真西だったのではないかと考えました。 博物館に行って、ガイドに聞いてみると ナイムラップはバタングランデの空を舞って空に消えたというだけで 方角は分からないということでした。 それで、まずナイムラップが飛び去った方角だったという 推測は外れてしまいました。 またシカンで注目しなければならないのは シカンの目なのです。黄金仮面の目を見ても 分かるのですが、黄金仮面の目は 羽型であり、シカンに住むものの祖先はモンゴロイドで あることを表しており、 生贄の歯をDNA鑑定によって調べたことによって 日本のアイヌと共通の祖先を持つことが分かりました。 したがって、彼らがベーリング海峡がまだ陸続きになっている1万年以上前の 氷河期にアジアから移動してきたことがわかります。 【ここからは私の空想なので完全なフィクションです。  まともにとってはいけません】 氷河期には地球上に霧状の雲が覆っており アジアに住む人々は太陽が昇る方向である東にいけば 太陽に近づくと考えてベーリング海峡をシベリア方面に渡りました。 そしてそこからますます太陽に近づくため赤道に向けて 南に南に歩いて行きました。 彼らが西のアジアという土地から来たことは 父から子にというように代々語り継がれていました。 その地は地球が霧に覆われる前は収穫物が豊かで 祖先たちは建築から農業、そして金属の加工まで 様々な知識を有していたと。 このペルーの北部に彼らが居を構えたときには それまでの移動が苦しいものであったため 人口は激減し、 あらゆる知識を持っていた神官は 後世にその知識を伝えることができなかったのです。 彼らは一度は文明を築いたものの 狩りをする、自然に生えているジャガイモや ルクマを食べるという 原始の時代の生き方に戻ってしまったのです。 ただ、ジャガイモやルクマといったアジアには なかった食物を探したことは大きな収穫でした。 しかし、農業や放牧、漁業などの知識がないので 雨が降らず干ばつに襲われると彼らは 絶滅の危機にさらされるといった具合でした。 そのときにどこからともなく現れたのが 羽のような目を持つナイムラップだったのです。 ナイムラップはその切れ長の目から 自分たちのルーツである アジアからきたものであると信じられました。 ナイムラップは少ない水を有効に使う 灌漑の方法から、どの農作物が量産可能で あるか、またバタングランデの大きな山の裏から 硬い鉱物を発見しその加工のしかたなどを教えました。 また魚たちを効率良く採ることができる 網の作り方なども彼らに伝えました。 そうして彼はバタングランデの人々に 神として崇められるようになりました。 しかし、彼はその豊富な知識を教えている最中 急にひざから落ちるように倒れました。 住民たちは英雄が倒れてしまったことに動揺しました。 しかし、そのときでした。 ナイムラップの体が赤く光りだし ポマックの森の美しい鳥たちよりも より美しい鳥に姿を変えたのです。 住民たちは目を疑いました。 しかし、次の瞬間にはナイムラップが 姿を変えた美しい鳥はワシよりも高く 空に舞い上がったのです。 その美しい鳥は天に届くような高いところを飛び回り 姿を消しました。 ナイムラップの死後 住民たちはナイムラップを神として 崇めるようになりました。 そして彼が切れ長の目を持っているいたことから 自分たちのルーツであるアジアからの 救世主であると人々は考えました。 アジア回帰への憧れはありますが、 ベーリング海峡が海水で沈んでしまったこと パナマはジャングルでとうてい乗り越えることはできないということは 彼らの祖先から言い伝えられていました。 ナイムラップの降臨は神が太陽を 自分たちから奪った時代が終わったことを表していると 彼らは信じました。 ナイムラップが現れたことで 彼らは自分たちのルーツがある 西の方角アジアを神聖化するようになりました。 そして自分たちはまた自分たちのルーツである アジアから生まれかわると信じたのです。 そうして、高貴なものは西に向けて埋葬するという 文化がバタングランデには生まれたのです。 ・・・・・・・・・・・・・・・ かなりこじつけでしたが、 私のような一般ピープルはくだらないことを 考えるものです。 どのように想像するのも個人の自由です。 歴史というのを、ロマンを持って考えるというのも 楽しいことですね。 次回はこれでシカンも最終回を迎えることになると 思うのですが、バタングランデというシカンの文化が 発祥したところについて書いていこうと思います。 またバタングランデの小学校に遊びにいって 一時間ほど日本の文化について話をしたので そのとき小学生からでた質問と 私の答えた内容などを書いてみようと思います。 またその様子をホームページにのせるつもりです。 バタングランデの小学生たちは元気で素直でかわいい子ばかりでした。 それでは次回お楽しみに!! 失礼します。
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 2『  ホームページの更新内容 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 今回のホームページの更新内容です。 ★☆★ 南米 旅の写真集 ペルー チクラヨ ★☆★ 【 シカン博物館 西の墓 】 1995年に島田泉教授が発掘したロロ神殿の西の墓の紹介です。 島田泉教授の仮説では西の墓は東の墓は対になっていおり 墓の主体は東の墓の主体と向かい合っているという ものでした。その墓の様子がシカン博物館で 再現されています。
www.mucha-suerte.com/photo/sican3.html#top ★☆★ 南米 旅の写真集 ペルー チクラヨ ★☆★ 【 シカン博物館 シカンの文化 】 シカンの文化に大きな影響を及ぼした エルニーニョ現象の紹介です。 www.mucha-suerte.com/photo/sican4.html#top ★☆★ ペルーの肉料理の紹介  ★☆★ 【 ハムスターのような動物 クイ 】 クイを初めて見たときにはハムスターのようで ペットにかわいいなと思っていました。 あるとき、クイは食用だよ。 と聞いてええっとびっくりしたのを覚えています。 アンデスでは重要なタンパク源とのことでした。 肉は食べる部分が少なく、味はチキンに似ており、 ちょっと硬めといったかんじです。 チキンを食べたほうが食べやすくていい気もしますが、 チキンよりこってりとしたイメージがあります www.mucha-suerte.com/comida/cuyguisado.html#top ★☆★ ペルーの肉料理の紹介  ★☆★ 【 カウカウ 】 名前がかわいいのでお菓子かななんて思っていると 全然違って牛の内蔵の煮込み料理です。 ちなみに牛の内臓はMONDONDITO(モンドンディート)といいます。 まわりにはユカが添えられ、 モンドンディートはジャガイモと ニンジンとグリーンピースと一緒に煮込まれています。 www.mucha-suerte.com/comida/caucau.html#top
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ □ 3 西語のことわざ『 Genio y figura hasta la sepultura. 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ これを訳すと 性格と外見は墓場まで となります。 Genioは性格、Figuraは外見、 Hastaは〜まで。Sepulturaは墓場、 laはSepultura(女性名詞)にかかる冠詞です。 Genio y Figura hasta la tumba. Tumba という使い慣れているスペイン語を 使ってもよいと思います。 ところで、これは人間の性格と外見は 死ぬまで変わらないといっているのだと 思いますが、日本のことわざなら 三つ子の魂百までというのが あります。 メールマガジン37号で紹介した Lo que aprende con bragas ,no se olvida con canas  オシメのときに学んだことは白髪になっても忘れないというものにも通じます。 37号でも書きましたが、 子供の性格というのは記憶を持たないときに 決定するのではないかということを書きました。 そして、死ぬまで根本的な部分は変わりません。 ですから結婚するときには相手の親を見ろといいますが、 それはごもっともだと思います。 一般的には子供は赤ん坊から幼少期には母親と過ごすのが 一番長く、次は父親ということになるのでしょうか。 ですから子供は性格を形成する一番大事な時期に 両親の影響を大きく受けて育っています。 泣いていたら、「 このガキはうるせえな。泣かせとけ 」 なんて環境で育ったら性格がひん曲がった大人になってしまうでしょうし(笑) 母親の胸に抱かれたあとに、次は父親の胸に抱かれて 育ったようなを愛を感じて育ってきた人は 心の中に愛が育まれているのかもしれません。 私は子育てをしたことがないので詳しいことはわかりませんが、 いつもベビーカーの中に入れられて放置して育って子供と いつも母親に胸に抱かれてかわいがられて育った子供では 性格に違いがでるのはもっともな気がします。 塩を舐めないとしょっぱいという味がわからないように 無償の愛を感じないとそういった愛は理解できないことでしょう。 話はずれますが、性格と外見は墓場までといいますが、 外見は遺伝なので、性格環境に応じて変わるかもしれませんが、 基本的には永遠にという気もしますね(笑) 私はいつもこのかっこ悪い外見がかわらないかななんて願っていますが 醜くなるばかりでどうしようもありません(笑) 外見は変わらないが、性格はまわりの環境で 小さいころに変化するような気がするので 小さいころにどのような人と一緒に過ごすかが 人格形成に大きな影響を及ぼすのでしょう。 またまた話はずれますが、DNAが覚えていることというのも たまに私は考えます。 例えば私は基本的には夜型の人間なのですが、 実は朝起きてから数時間が一番頭が冴えて調子がよいということは 分かっています。 それもやはり、電気が発明されていない時代というのは みな太陽が昇る前に目を覚まして、 太陽の眩しい光を浴びながら今日もがんばろうと 一日のスタートをきっていたのでしょうから、 私の祖先というのは何百、何千世代にもわたって そのような生活を送っており DNAは朝日を浴びるとそのときの さわやかな活力ある状態というのを 思い出し、精神と体にプラスアルファの何かを 与えるのでしょう。 また蛍光灯の灯りの下では、私はいまいちリラックスできません。。 月明かりに近い灯りや火に近い暖色の灯りのもとでは 非常に自分がリラックスしているのが自覚できます。 電気の灯りなどはおじいさんが子供のころくらいから 身近になったもので、その前の何千世代もの先祖には 電気というものなど存在しなかったわけで DNAは不自然な灯りだなと電気への不信感のような ものを感じているのだろうと思います。 また満月、私は満月がけっこう好きなのです。 満月には今でもフルムーンパーティーなどありますが、 昔の祭りは必ず満月に合わせて行われていたのでしょう。 月が満月に近いときだけ、人々は太陽が沈んでからも 月夜の灯りのもと夜歩きできたことでしょう。 もちろんロマンスを求めて夜歩きなんてこともあったでしょうし 満月の夜の祭りの後には男女のロマンスが多数生まれたことでしょう 私はDNAは満月の夜にはロマンスがあると 間違いなく記憶していると思っています。 現代の日本では町にはネオン看板や街灯があふれて 月の満ち欠けについて関心が薄れてしまっていますが、 DNAは間違いなくフルムーンはおいしい(笑)ことがあるのではないかと 覚えていることだろうと思います。 異性とうまくいった日に 夜空を見上げたら満月だった なんて経験ある人はいるんじゃないでしょうか? それでは、今回は赤ん坊の人格形成の話から 満月はロマンスがあるのではないかという 全く非科学的な話までしてみました。 それでは、また次回お会いしましょう!! ババンバ・バン・バン・バン 「 酒飲みすぎるなよ 」 ということで今回は終わりです。
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■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □ 4 終わりの挨拶 『 日本人は感情を表に出さない 』 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ みなさん。こんにちは。 坂本英則です。 今回はコロンビアで私の友達に 「 なんで日本人は感情を表に出さないの? 」 と聞かれたときの話をしようと思います。 はっきりとは覚えていないのですが、 スペイン語で 「 Por que Japoneses siempre estan tranquilo ?」 と尋ねれたと思います。 私はコロンビアでよくカジノにいっていました。 コロンビア人の連れと一緒にいくことが多かったのですが、 まわりのプレーヤーはゲームの一回、一回 一喜一憂しているのです。 大勝ちしたら、もうこれ以上はないというかんじで喜ぶし、 ブラックジャックのゲームをしていて 大きな金額で勝ったときに、最後にもう一枚ひくか ひかないか決めた人(トランプをひくかひかないかで親の手がかわる) を「先生=maestro」とか 「プロ=profecional」とかいって称えします。 逆に負けると最後のトランプをひくかひかないか決めた人に向かって 「 お前が一枚余分にひくから、全員が負けたんだ。トランプを見ろ!! 」 と結果論を言うことがあります。 俺の大金をどうしてくれるんだと ケンカがはじまるんじゃないかというくらい の勢いで愚痴ったりします。 ゲームで負けて、ユデダコのように赤くなってテーブルを蹴るものは多数、 テーブルをぶったたくものも多数。 ディーラーに罵声を浴びせるものも多数。 その人格の変わりようはビデオに収めたいくらいです。 私はいつもカジノに行くと負けるのですが、 例の如く負けているときも笑っているし、 ごくたまに勝っているときでも、笑っています。 特に感情的になるということは全くありません。(たまにありますけど=笑) 一緒にカジノに行っていた私の連れの見ている日本人というのは 非常に少なく私と私の友達くらいなのですが、 私の友達も感情の変化を表に表すことはありません。 連れから言わせれば、 私は人と比べて変わっているということでした。 普通勝ったら陽気になって喜ぶし 負けたら悲しそうな顔をするとか 激怒するのが普通だと。 コロンビア人から見ると外見的に 日本人と中国人は区別がつかないというのが 普通です。 しかし外見的に日本人に似た中国人は 勝ったら非常に陽気になっているし、 負けたら「アイヤー」と絶叫したりして 罪のないテーブルをぶったたいて激怒する人が多いのです。 そのあたりも連れが日本人が顔色を変えないことを 不思議がる要因の一つになっていたことでしょう。 それで連れにどのように私がそのことを説明したかというのが 読者の方の気になるところだと思います。 私はまずカジノではルールがプレーヤーに不利にできているのだから システム的にプレーヤーが負けるようにできている。 だからプレーヤーが勝って喜ぶのはありえるが、 カジノに来た以上、負けるのは当たり前のことなのだから 負けて怒って他人にあたるのはお門違い(おかどちがい)であると説明しました。 (泣いたり怒ったりして負けたお金が戻ってくるというなら 鈴木宗男さんばりに私も泣きますけどね。) また自分が顔色を変えない理由としては 感情の大きな起伏というのは ときに合理的な選択を狂わせる要因になるし、 テーブルに出てきたカードを見るのが忙しくて いちいち一喜一憂していられないと 説明しました。 それは本当でブラックジャックでは カードを見るのに忙しくていちいち 感情を表にだしている暇はないというのが実情です。 まあ、ここまでは自分の主観です。 最後に言ったのは日本の教育システムと文化に照らし合わせて 説明しました。 こんなかんじでです。 俺が小学校いっているときとか、中学校にいっているとき にこにこしてると急に先生が 「 おい。坂本。へらへらすんな!! 」 とか 「 何が面白いんだ!! バカヤロー!! 」 とか怒られたり、 逆に真面目な顔してると 「 もっと明るい顔しろ。坂本。」 とか、 「 ふてくされてんじゃねー!! 」 とか怒られるし、 悲しそうな顔をしてるときは 「 めそめそすんな!! 」 とか 「 もっと男らしくしろ!! 」 とか怒られる。 だからどんな顔していいかわからなくなって しまいには感情を表に出せないのが 生きていく上で一番いい選択だなって 日本人は体で覚えていくんだよと説明しました。 究極にはどんな顔をしていても 「 その顔なんだ!! 」 という謎の文句が飛んできて、 答えるのが不可能なこともあると 説明しました。 そのことを説明しているときには 連れは、 そんなこともあるんだと 大笑いしてました。 それで、付け加えたのは日本には今から400年くらい前から 130年くらい前まで5人組という制度があって 誰かが失敗したらグループの全ての人に責任が及ぶ制度があって たぶんそのシステムが他人は監視して注意するものだという 伝統に今でもなっているんだよと付け加えました。 まあ、日本では個人より組織とか共同体が まず大切に考えられているから、 個人の感情は殺されるというようなことを 拙いスペイン語で伝えました。 まあ、なんとなく連れにもいいたいことは伝わったようです。 ラテンでは、楽しかったら笑顔だし、 悲しかったら泣くし 喜怒哀楽の感情がそのままストレートに 表にでてきます。 こちらは体罰はもちろんないし、 怒るといっても程度は知れているので のびのびと自然に育っている人が多いです。 ですから大人になっても 子供のような素敵な笑顔で笑っている人がたくさんいます。 日本の体罰や怒るという教育は 相手の立場を考えるという一番大切なことを 考えるきっかけになるといういい面を 与えてくれる半面、 心から表に直接でてくる自然な ものを失っているようにも感じます。 どちらにも、もちろん良い面、悪い面がありますが、 このような文化が存在するのは事実です。 最後に私はカジノで負けたら 一人で部屋で泣いています(笑) それでは次回お楽しみに!! ムーチャスエルテ メールマガジン 《 VAMOS 》          発行者:坂本英則 ===========★VAMOS 第49号★==========2003/10/15(水) 発行=========== ===========■メールマガジンへのご感想、ご質問をお聞かせ下さい■===== ==南米情報ムーチャスエルテのホームページにも気軽に遊びに来てください^0^== http://www.mucha-suerte.com/ ・・・・・・・・・・・・・・・発行者・坂本英則・・・・・・・ ご意見・ご質問・ご要望などは
hidenori1600@hotmail.comまでお願いいたします。
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