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□ / \ 南米情報ムーチャスエルテ・メールマガジン
■( 旅 ) ≪(^0^) VAMOS!!≫ VOL 56
□ \ // 2003/12/10(水)
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★★★★★★★★★★…・も・く・じ…・★★★★★★★★★★
1.発行者挨拶 『 ペルー北部のマチュピチュ ケラップ砦!!』
2.更新内容
3.西語のことわざ 『 En martes ni te cases ni te embarques 』
4.終わりの挨拶 『 国際電話の話 』
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□ 1 発行者挨拶 『 ペルー北部のマチュピチュ ケラップ砦!! 』
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みなさん。こんにちは。
「 南米情報ムーチャスエルテ 」
http://www.mucha-suerte.com
の管理人の坂本英則です。
今回はペルー北部のマチュピチュと言われている
チャチャポヤの砦 ケラップ砦を紹介します。
前回紹介したペルーのミニモアイ
サルコファゴ《Sarcofago》も
このチャチャポヤのものです。
前回サルコファゴの高さを2メートル以下と
書いてしまいましたが、
前回ホームページでアップしたカラヒーア《KARAJIA》の
サルコファゴは2メートル50センチあるそうです。
ミニモアイの頭の上についているしゃれこうべも含めて
それだけの高さがあるということだと思います。
チクラヨの古本屋で立ち読みしたペルーの百科事典に
カラヒーアのモアイは最高で2メートル50センチと書いてありました。
しかし、残念なことに、どんな人が何のためにミイラとして
サルコファゴの中に葬られたかは書いてありませんでした。
それでは、本題のケラップ砦《La Fortaleza de Kuelap》の紹介に移ります。
時代的にはケラップ砦は紀元後900年から1472年の間の
チャチャポヤの時代に建設されました。
ケラップ砦はアマソナス県《Departamento de Amazonas》の
ルーヤ町《Provincia de Luya》のティンゴ地区《Distrito de El Tingo》
のケラップという町にあります。
標高は2900メートルで
西経77度、南緯6度に位置しています。
気候的には、11月から3月が雨季。
4月から10月までが乾季となります。
標高が高く太陽が近い
ペルーアンデスの雨季の気候の特徴として、
午前中はカラッとしていて、半袖でちょうどよい
ですが、 午後になると雨が振り
夜になると、非常に冷え込むといったかんじです。
机で本を読むときには毛布を体に巻かないと寒く感じる程度です。
気候の感じ方に関しては私の主観です。
温度計および湿度計を日本から買っていったら
体調管理もできるし、客観的に気候を分析することが
できたのになと今になって後悔しています。
【ケラップ砦の大きさ】
砦は楕円形にできており、
縦に582メートルの長さがあり、
横幅は最大で111メートルあります。
外壁の高さは最大で20メートルあります。
砦の北側には楕円形の小高くなっている
エル プエブロ アルト《EL PUEBLO ALTO》と
呼ばれる場所があり、
縦に275メートルの長さがあり、
横幅は65.5メートルあります。
外壁の高さは最大で11.8メートルあります。
【ケラップを作った人々】
ケラップは
その近辺に住むLUYA《ルーヤ》やCHILLAO《チジャオ》と
いった部族の地域の高い地位にいる人たちが集まって
移住して作られました。。
ケラップの全盛期は10世紀から15世紀です。
しかし、1472年にインカが
アンデスを通って
エクアドルのキトを目指すため、
ここを侵略し、征服しました。
16世紀にはスペイン人が『エル・ドラド』=黄金郷を
求めてやってきて、インカの支配は終わりました。
【建設技術】
壁はこの地域で採れる黄色い石灰岩で
作られています。
その間には土や砂が入っています。
くさびを打つように石を入れることで
壁を強固にしていました。
また石工《Picapedreros》
レンガ職人《Alban~ilres》
泥・水・石の運搬職人《Acarreadores de barro,agua y piedra》
などがいました。
【砦の重要な建物】
エル プエブロ バホ《El pueblo bajo》
前述のエル プエブロ アルト《El pueblo alto》
の周りの低い部分。
(スペイン語でElは男性名詞に付く冠詞。
Pueblo《プエブロ》は町という意味の名詞、
bajo《アルト》は低いという意味の形容詞、
alto《アルト》は高いという意味の形容詞です。
alto《アルト》という形容詞は名詞だと
高い場所、丘、天上という意味になります。
ミラアルトという車種の車をご存知だと思います。
ミラというのはスペイン語の動詞の
Mirar《ミラール》の三人称単数系です。
ですからMIRA ALTOで『天を見る』や
『丘を見る』という意味になります。
イタリア語から来ているのかわかりません。
またCIMA《シーマ》という車種の車もありますが、
CIMAはスペイン語で『頂上』という意味です。
英語だとTOPになります。)
南の端にあるエル ティンテーロ《El tintero》
は儀式を行う場所であり、また天体を観測する場所として
重要でした。
そこには老人の顔が彫刻されています。
北の端にあるトレオーン《Torreon》
(スペイン語で大きな塔という意味)は
守りの要で
砦の周り一帯を見渡すことができます。
【貿易】
ケラップでは農業、狩猟、織物(自家用のものから祭儀に使うものまで)が
行われていました。
ケラップ砦の中では農耕が行われており、
トウモロコシ、豆、ジャガイモなどが主に栽培されていました。
砦の中の水路があるところでは
ユカ、サツマイモ、ピーナッツ、綿、タバコ、チリモジャ、
グアバ、ペビーノ、グアジャバ、アヒーなどが栽培されていました。
《日本にない果物はホームページを参照してください》
【ユカ】www.mucha-suerte.com/comida/almuerzo_quito.html#top
【チリモジャ】www.mucha-suerte.com/comida/chirimoya2.html#top
【グアバ】 www.mucha-suerte.com/comida/guaba.html#top
【アヒー】 www.mucha-suerte.com/comida/aji.html#top
タンパク源としては、
リャマ、クイ、シカ、七面鳥が食べられていました。
《日本にいない動物はホームページを参照してください》
【リャマ】www.mucha-suerte.com/photo/machupichu1.html#top
このページの一番上の右側の写真にのっています。
【クイ】www.mucha-suerte.com/comida/cuyguisado.html#top
このページの一番下の右側の写真に焼けたクイがのっています。
織物はケラップの地域は盛んで、
女性が糸を紡ぎながら歩いているくらいです。
【ケラップいろいろ】
ケラップ砦は
プエブロ バホ《Pueblo bajo》と
プエブロ アルト《Pueblo alto》に分けられます。
ジグザグの模様がある建物は選ばれたものが
住んだり、使ったりしていました。
国は軍事と宗教で治められていました。。
砦には3000人から4000人が住んでいました。
ケッチュアでもアイマラでもない、
チャチャという言葉を話していました。
(ケッチュアとはアンデス山脈のインディアンの言葉で、
アイマラはチチカカ湖の南側のインディアンの言葉です。 )
【手術の技術】
ケラップで発見されたシャレコウベには
頭蓋穿孔(ずがいせんこう)の痕が
発見されました。
それは、彼らの中に頭蓋穿孔の技術を持ったものが
いたことを表しいます。
麻酔としてコカの葉が利用されていたと
思われ、また手術には金属か、
精巧な石が使われていたと考えられます。
私が訪れたチャチャポヤスのアルマス広場にある
博物館の頭蓋穿孔が見られるしゃれこうべの
説明には、頭痛を訴えたそのシャレコウベの主が
頭蓋穿孔を受けて、それが原因で亡くなった(笑)と
書いてありました。
シャレコウベ本人としては決して笑いごとではないですが、
頭蓋穿孔の技術があっただけで、
病気を治療するという段階ではなかったようです。
【死者の葬り方】
死者の葬り方には
1.壁に穴を作って葬る
2.土に埋葬する
3.サルコファゴの中に葬る
などをはじめとしていくつかあったようです。
葬り方は、階級で決められていたようです。
葬られるときには、体は背をかがめて
極端に屈折させられて、
綿や羊毛でできた布で包まれて
あの世で使うであろう土器と一緒に
葬られました。
彼らはあの世の存在を信じており
先祖への信仰もありました。
ケラップ砦に関しては以上です。
【南米写真館 ケラップ砦はこちらから】
www.mucha-suerte.com/photo/kuelap01.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kuelap02.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kuelap03.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kuelap04.html#top
私の個人的なケラップ砦を訪れた感想を書きます。
ケラップ砦に登ると
アンデス山脈の美しい光景を360度見渡すことができます。
マチュピチュの自然環境も非常に素晴らしいのですが
あまりにも人が多すぎて
現実の世界に戻されてしまうことがしばしばあります(笑)
マチュピチュは写真写りの非常に良い遺跡で、
ケラップは写真写りのあまりよくない遺跡と
いえるでしょう。
だからケラップ砦は有名でないのだと思います。
ケラップを訪れる観光客は非常に少なく
私が訪れた前の日は5人でした。
私が訪れた日は10人程度の団体が二組と
ペルー人カップルと私でした。
受付のおじさんは
『今日はたくさん来てよかったよ』と
喜んでいました。
観光客が少なかったので
自然に一体になっているような気持ちを味わうことができました。
また一番の謎はケラップ砦の外壁は20メートルもあり、
外壁から内部の入り口は3つあるものの
全ての入り口の横幅が大人4人程度が同時に通れる程度と狭く
しかもその上は数メートルも高さがあり、
入り口から入ってきたらまず落石を受けることは
間違いはありません。
このような要塞をどのようにインカが攻略したかが非常に気になるところです。
それでは、次回は私のつまらないチャチャポヤス旅日記!!
と思っていたのですが
トルヒージョにある紀元後1200年から1470年代前半まで
栄えたチムーの遺跡、チャンチャン遺跡を紹介になると思います。
このチムーのチャンチャン遺跡はユネスコの世界文化遺産に登録されています。
それでは次回お楽しみに!!
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□ 2『 ホームページの更新内容 』
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今回のホームページの更新内容です。
★☆★ 南米のお酒の紹介 ペルーのビール ★☆★
【 リマのビール クリスタル 】
【 トルヒージョのビール ピルセン・トルヒージョ】
ペルーで一番シェアを獲得しているのがこのリマのビール【CRISTAL】です。
めちゃくちゃ冷やした状態のクリスタルは頭にキーンとくるようなかんじがします。
クセがないビールなので、お酒が強い人はグイグイいけると思います。
【PILSEN TRUJILLO】は TRUJILLO(トルヒージョ)のご当地ビールです。
シェアは非常に少なく、トルヒージョでないと飲めません。
可もなく、不可もなくというビールです。
www.mucha-suerte.com/licor/cerveza_peru02.html#top
★☆★ 旅行者的生活 ★☆★
【 VISAカードを使って現地通貨を引き出す 】
こちらで現地通貨を手に入れる主な方法として
ドル現金を現地通貨に両替する。
トラベラーズチェックを現地通貨に両替する。
クレジットカードを使って現地通貨を引き出す。
などが考えられます。
今回はクレジットカードで現地通貨を引き出す場面を
紹介しています。
www.mucha-suerte.com/travel/atm.html#top
www.mucha-suerte.com/travel/atm2.html#top
★☆★ ペルーの乗り物 ★☆★
【 コンビ=乗り合いバン 】
ペルーではハイエースなどの
バンの車を改造して乗り合いバスにしています。
その車の紹介です。
www.mucha-suerte.com/transporte/combi.html#top
★☆★ ペルーの文化の紹介 ★☆★
【 街中の両替商 】
ペルーは海外に出稼ぎにいっている人が
多いようでドルを持っている人が多く、
路上に両替商がいます。
いつでも電卓と札束を持っています。
この光景は現地通貨が強い日本ではありえない光景です。
www.mucha-suerte.com/cultura/cambio01.html#top
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□ 3 西語のことわざ『 En martes ni te cases ni te embarques 』
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これを訳すと
火曜日には結婚せず、船出もせず
となります。
このことわざは日本人にはピンとこないことわざだと思います。
私もはじめ、なんだこれは?
わけがわからないというかんじでした。
しかし、私が現在いるペルーの人々はこのことわざが
ピンとくるようです。
私が現在滞在しているペルーのアマゾン河の上流の町
イキトスでは、このような伝承があります。
Chullachaqui《チュジャチャキ》という
変身を得意とする悪魔がいて、
月・火・水に狩りにでた人をたくみに
だまして遭難させるそうです。
ちなみにChullachaquiとは
キッチュア語(アンデス山脈のインディアンの言葉)で
chulla【異なる】chaqui【足】 という意味となり
チュジャチャキという悪魔は足の大きさが左右で異なるという
外見的な特徴を持っています。
また子供のように背が低く、お腹がでています。
足ですが、一方が異常に大きく
一方が異常に小さいのが特徴です。
この悪魔は変身が得意で、
狩人の家族や、友達に
変身して、言葉巧みに狩人を
ジャングルの奥深くまで行かせて
遭難させるそうです。
チュジャチャキはいつも足を隠しています。
変身してからも、足の大きさが左右で
違うという特徴を隠しきれないからです。
足の大きさの違いからチュジャチャキであることが
わかると逃げるそうです。
月・火・水に狩りにでると
チュジャチャキにだまされて
ジャングルに遭難するそうです。
遭難した狩人は身の安全のために
木に登って夜を過ごそうとしますが
木の下でチュジャチャキは
『月曜日。火曜日。水曜日。木から降りろ』と
太鼓を叩きながら
月・火・水の3日間歌を歌い続けるそうです。
木の下に降りると体を八つ裂きにされてしまうそうです。
しかし、月曜日、火曜日、水曜日と歌われた後に
続けて木曜日、金曜日、土曜日と加えて
チュジャチャキと一緒に歌を歌うと
チュジャチャキは喜んで
木の下に獲物を置いていってくれるそうです。
また日曜日もチュジャチャキが出るので
狩りにでてはいけないそうです。
この話はイキトスの一般の人から
聞いた話なので、
話の内容があっているかに
確信は持てませんが、
『火曜日には結婚しても、船出してもいけない』
ということわざは私が現在滞在している
アマゾン河の河口の町イキトスの人には
ピンとくるようです。
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□ 4 終わりの挨拶 『 国際電話の話 』
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みなさん。こんにちは。
坂本英則です。
前回『聖闘士星矢』を『聖闘士聖矢』と
書き間違えしてしまいました。
見直しはしているのですが、
いつも徹夜して書くことが多く
注意力が不足しているのでミス続発です。
情けないことです。
こんなことでは『ペガサス流星拳』を
くらってしまいそうです。
ところでまたまた2週間以上ぶりのアップになってしまいました。
なかなかホームページのアップも、
メールマガジンの作成も難しいものです。
メールマガジンとホームページを更新は
量や質によって異なりますが、
5時間から10時間程度はかかるでしょうか。
もっと効率よくメールマガジンを書いたり
ホームページを更新する技術を身に付けなくては思います。
やはり一番大切なのは、楽にいいものを作れる
システムの構築です(笑)
最近は特にホームページの直しに時間がかかっています。
こうしたほうが見やすいというのが
見つかっては、何ページも同じように直しています。
このことから分かることは、
最初が一番肝心ということでしょうか。
よくない状態で同じようなページを作ってしまうと
あとで全てを直さなくてはならないからです。
また大学の寮生活の体験談をしますが
私たちの寮では毎年10月に
寮祭を行っています。
私の寮は田無という現在は西東京市という
町にあったのですが
その近辺の子供たちは、東京に住んでいるから
餅つきをしたことがないのかもしれないと考え
寮祭で餅つきをやることにしました。
(実は自分もひさしぶりに
やりたかったというのもあったのかもしれません=笑)
そして、『もちごめくん』という
キャラクターを私は作り出し
張りぼての被り物の『もちごめくん』を
作ることにしました。
張りぼてを作るのは初めての経験でした。
同級生の岩永君と一緒に
大学3年生の夏休みに作り始めました。
張りぼては新聞紙を水のりに浸して
それを張り合わせて作っていきます。
どんどんと新聞紙を貼り付けて
2日もすると
『もちごめくん』は形を成していきました。
部屋の換気のために窓を開けたまま
1000円焼肉のバイトにでかけました。
そして1000円焼肉のバイトから
帰ってくると、なんと『もちごめくん』が
大破していました。
きっと風で大破したのでしょう。
または、上下関係を利用して
実力のないのに態度がでかく、えばる私に腹を立てた
後輩寮生のしわざでしょうか(笑)
『ああ。2日間の苦労が・・・』
と思ったのですが・・・・
時すでに遅しでした。
そうして私と岩永君は最初からまた
張りぼてを作ることになりました。
2回目はきちんと新聞紙を張る前に
『もちごめくん』の形を
太い針金で作ってから新聞紙を貼り付けていきました。
針金で形を作るのは多大な時間がかかりましたが、
新聞紙を貼り付けていくのは楽で
かなり頑丈な張りぼてができました。
『もちごめくん』はその年の寮祭と
翌年の寮祭で活躍しました。
私がこの張りぼて作成から
思ったことは
はじめの骨子が大切であるということです。
と思い出話をしていないで
南米の話を何かしなくてはなりません。
ということで今回は国際電話の話をしましょう。
日本から南米にかけるときと
南米から日本にかけるときには
どちらが割安でしょうか?
先進国ほどサービスが進んでいるので
日本から南米にかけるほうが
安いと思う人のほうが多いのか。
それとも、物価の高さから
日本から南米にかけるほうが
高いと思う人が多いのか?
私の体験から結論をいってしまうと
南米から日本に電話するほうが
格段に安いです。
私が3年ほど前
エクアドルのキトで
見て驚いたものの
ひとつにインターネット電話がありました。
インターネットの回線を使って
日本の一般の電話にかけるというものです。
一分30円以下と非常に安いものでした。
しかし、このインターネット電話には
問題があって
回線が悪いところのインターネット電話は
途切れ途切れになってしまいます。
安いことは安いですが、
回線が空いているときでないと
普通に話すことができない電話でした。
現在はインターネット回線が非常によくなっているので
このインターネット電話もかなり良好になっています。
コロンビアのカリの光ファイバーの
インターネット電話を使ったときは
一般の電話と全く同じ状態でした。
そして料金は1分40円とかなり割安でした。
日本からエクアドルやコロンビアにかけると
0081で夜間割引と、お得意様割引を使っても
160円くらいはします。
通常は1分300円くらいはすると思います。
また、MSNのメッセンジャーサービスでは
チャットだけでなく、音声チャットも
できるので、MSNのメッセンジャーサービスを
使えば回線の費用だけで国際電話になります。
私はこのサービスを2年前くらいに
知ったときに、電話産業は滅びるのでは
ないかと思ったくらいです。
ちなみに、現在私がいる
ペルーでは、日本に働きにいっている人が
非常に多いです。
そのためか、日本までの国際電話の代金は
電話局などからかけて1分1ソル【USA 0.29】31円程度です。
今日、テレホンカードを使って日本に電話をかけたのですが、
1分1ソル【USA 0.29 】31円程度でした。
3年前は3倍程度の値段だったと記憶しています。
私が国際電話で思ったのは
何か政治的な力を利用して国際電話の会社は
不当な利益を消費者から取っているのでないかということです。
まあ、詳しくは調べたことはないので
なんともいえませんが
日本からの国際電話は高いなといつも感じます。
まあ高くても、その利益がそれからの投資につながり
益々便利な生活が送れるのであれば
もちろんそれでいいと思います。
それでは次回お楽しみに!!
ムーチャスエルテ メールマガジン 《 VAMOS 》
発行者:坂本英則
===========★VAMOS 第56号★==========2003/12/10(水) 発行===========
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