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□ / \ 南米情報ムーチャスエルテ・メールマガジン
■( 旅 ) ≪(^0^) VAMOS!!≫ VOL 61
□ \ // 2004/02/02(月)
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★★★★★★★★★★…・も・く・じ…・★★★★★★★★★★
1.発行者挨拶 『 ペルーアンデス紀元前のクンツルワシ遺跡 !!』
2.更新内容
3.西語のことわざ『 No todo lo que brilla es oro 』
4.終わりの挨拶 『 ペルーの一般的な日本人のイメージと私の雑感 』
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□ 1 発行者挨拶 『 ペルーアンデス紀元前のクンツルワシ遺跡!! 』
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みなさん。こんにちは。
「 南米情報ムーチャスエルテ 」
http://www.mucha-suerte.com
の管理人の坂本英則です。
クンツルワシ遺跡は
ペルー北部アンデス山脈の西側斜面の
標高2300メートルのサンパブロという村の
山の頂にあります。
クンツルワシは前回お話したフランシスコピサロがインカ皇帝
アタファルパを捕らえたカハマルカと
ペルーの北部海岸砂漠地帯の真ん中に位置しています。
ペルーのアンデスについては
東京大学の文化人類学研究室を中心に
1958年以来、アンデス文明の起源と形成の
過程を明らかにするため、発掘が行われてきました。
クンツルワシ遺跡については
1988年から2002年まで12の期間にわたって
東京大学の大貫良夫教授を中心として発掘が行われました。
クンツルワシの聖域は山稜を3段のテラスに改造し、
頂上部分を平らにして、その周囲を3層の石壁で囲んで
支えて作られていました。
神殿の中には円形や方形の半地下式広場や
墓壇が作られていましたが、発掘によって
神殿が3時期にわたって積み重ねられて作られたことが
わかりました。
この半地下式のものは、現在では埋め戻されており
旅行者は見ることはできません。
発掘品は併設のクンツルワシ博物館で見ることができます。
クンツルワシ遺跡で見つかった黄金は
アンデス山脈、そしてアメリカ大陸最古の
黄金だと言われいます。
それというのも、クンツルワシの時代は
3時期に大別できるのですが、
紀元前1100年〜800年 IDOLO期
紀元前 800年〜500年 KUNTURWASI期
紀元前 500年〜250年 COPA期
に大別されています。
なんと紀元前1000年ごろから
存在していた文化なのです。
もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
数ヶ月前に紹介したチャビン・デ・ワンタル遺跡も
紀元前1000年ごろからの文化です。
そしてクンツルワシ遺跡とチャビン・デ・ワンタルは
同じチャビン文化です。
*チャビン・デ・ワンタルの写真はこちらから見ることができます
www.mucha-suerte.com/photo/chavin1.html#top
チャビンの最大の特徴はジャガーと蛇と人間が
一体化した偶像があることです。
チャビン・デ・ワンタルを紹介したときに
空からジャガーが大きなナイフに乗り移り
農作物の豊穣のために雨を降らせるという
伝説があるという話をしました。
そしてその大きなナイフ状の形のものが
チャビン・デ・ワンタルの主神像である
ランソン像です。
また紀元前2000年ごろから紀元前1000年ごろまで
トルヒージョの南のカズマで栄えたという
SECHIN文化の遺跡も見てきました。
SECHIN遺跡は丘のふもとに位置しており
CERRO SECHIN《 セチンの丘 》とも呼ばれています。
SECHINの神殿の壁はさまざまな大きさの石と
砂利などによって神殿をU形に囲むようにできています。
その石の壁には彫刻がなされており
その絵はチャビンの特徴である
ジャガーと蛇と人間の一体化の偶像なのです。
今回でペルーの北部の文化の紹介は最後になるので
私自身がクンツルワシ遺跡とセチン遺跡を
めぐって思った雑感を書いていきたいと思います。
まず、ペルーの北部の略図を書いて見ます。
(北)
........................
チクラヨ 《モチェ・シカン》
|
|
210km ------ クンツルワシ《チャビン》
| ---------カハマルカ
|
トルヒージョ《モチェ・チムー》
|
190km
|
カズマ《セチン》-----------------ワラス《チャビン・デ・ワンタル遺跡》
|
|
|
|
370km
|
|
|
|
リマ
(南)
*《 》内は遺跡と書かれたもの以外はその地域で栄えた文化
下手な略図ですが、だいたいの
場所はつかめたと思います。
それでは、今回は細かい遺跡の紹介ではなく
私の雑感を書いていきたいと思います。
遺跡についての写真はホームページにアップしてあるので
見ることができます。
【 チャビン・デ・ワンタル雑感 1 】
なぜワラスのような雨が多く降るところで
雨を降らせることを尊ぶ伝説がチャビンに存在したか?
・・・・・・
チャビン・デ・ワンタルのランソン像で非常に
疑問を感じていたことがありました。
それは、ランソン像は
ジャガーが空から降りてきてランソン像に
乗り移り雨を降らせるきっかけをつくるという
伝説によって作られたとうことですが、
ワラスは6月から9月までは
乾期でですが、それ以外は雨期です。
したがって、雨量は非常に多いわけで
雨を尊ぶ文化があるのは不自然に感じていました。
チクラヨやトルヒージョのような本当に雨が降らない
ところでは、雨を尊ぶ文化ができるのもわかります。
私の経験的には合計で半年いて一日だけでした。
しかし、なぜワラスのような雨がよくふるようなところで
ランソン像の伝説が生まれたのかに疑問を持っていました。
・・・・・
→私の推測的には北部海岸のセチンの人々がチャビンを
作った。またはチャビンになったというものです。
ペルー北部海岸のセチンの人々の土地では、雨というのは貴重であったから
昔の名残でそのような伝説が続いたのだと思います。
セチン遺跡にもランソン像のようなナイフ形の形を
した像があり、現在はリマの考古学・人類学博物館に展示されています。
【 チャビン・デ・ワンタル雑感 2 】
チャビン・デ・ワンタルの神殿の石は海岸沿いにしか
ない石でできているが、なぜそのような石を利用したか?
・・・・・・
これは、この地域に大地震が襲うことを、口承によって
彼らはしっており、石で頑丈に作ることによって
大地震による破壊を防ぐことを目的にしたものだと思います。
彼らが海岸沿いのセチンから来たのであれば、
石がどこにあるかというのも知っており
採取先は祖先の時代から分かっていたことになります。
チャビン・デ・ワンタルの石も大きなものがありますが
セチンの石も大きなものでは、高さが2メートルを超えています。
・・・・・・・
【 クンツルワシの雑感 1 】
アンデス山脈の標高2300メートルのクンツルワシの墓で
外耳道骨腫という海女やサーファーなどの
日常海に潜るような人がなるという耳の異常な骨増殖が
起こっている遺体が高貴な墓から見つかりました。
私はアンデス山脈でなぜ海女がなるような
病気になるのだろうと疑問を抱きました。
・・・・・・・・・・・・
はじめは近くに湖があるのかなと思っていましたが、
そういうわけではないようです。
クンツルワシに来た人々が
海岸沿いに住んでいたセチンの人々であると
考えればこのような病気になることも
考えられると思います。
クンツルワシを建築した時期にも
セチンに住んでいたときのように
海に潜り貝などを採る技術が
伝わっていたのではないかと考えました。
【 クンツルワシの雑感 2 】
クンツルワシ遺跡の黄金などの副葬品を持つ
高貴な者の頭部にはシカンの文化と同じく
シナブリオという赤い鉱料が使われていました。
シカンと同じく、赤というのは高貴なものしか
見につけることができなかったのではないかと推測できます。
命の象徴である血をあらわす赤は
チャビンでも重要な色であったことがわかりました。
今回はつまらなかったかもしれませんが、
私が遺跡にいって、考えたことを書いてみました。
他にも謎がたくさんあるのですが、
はっきりいって謎すぎて人に説明できるような
ものではありません(笑)
それを書くには、さまざまな文献を読まなくてはならないでしょう。
また、文献を読めば謎はもっと深まっていくかもしれません。
ということで、他に不思議に思ったことは書きません。
遺跡というのは、勉強すると
さまざまな謎がでてきて面白いものです。
私はたんなる旅行者で
ペルーの北部の遺跡について深いところまで
入っていくことができませんでしたが、
ペルー北部の遺跡のさわりだけでも知れたことを
嬉しく思っています。
ペルーの北部といったら
なんといっても、島田泉教授が発掘した
シカンの黄金仮面です。私は大好きで
現在も私のパソコンのデスクトップの壁紙は
島田泉教授が発掘した黄金仮面のアップです。
他にも月のワカや、エル・ブルッホなどの遺跡を
持っていたモチェの神々の文化もすごいインパクトがありました。
吸血こうもりとクモと人間が一体化した
デカピタドールの迫力には負けました(笑)
前科何犯なんだというあの目つきの悪さには
驚きました。
チャチャポヤスの
ペルーのミニモアイともいえる
サルコファゴを初めて見たときの
感動もすごかったです。
サルコファゴについては、
あまり勉強できませんでしたが、
サルコファゴが緑の山々に囲まれた
断崖絶壁に立てられているのが
印象的でした。
あの標高差のある山々と景色の美しさには圧巻でした。
そして、サルコファゴを是非間近で見ようと
断崖絶壁の上の、針を持った草などのところを
這って歩き、体から血がでたり
崖から落ちて死にそうになったのも(笑)
今となってはいい思い出です。
あぶなく、転落して行方不明旅行者になるところでした(笑)
無茶はいけません。
また近くのケラップ砦のアンデスの山々の絶景も
忘れれません。
やっぱり遺跡は建てられた場所の
自然環境がすばらしいです。
モチェの土器のデザイン、黄金製品の量と奇抜さは
すごかったです。
私は土器をかなりなめていましたが、
モチェの土器を見て、土器への見方を改めました。
金・銀製品を作るモチーフになったものが
人間と動物の一体化だったり、
農作物の落花生だったりしたのも
衝撃的でした。
チャビンのジャガーと人間の一体化は
かっこいいからわかりますが
タコと人間の一体化はちょっと違うんでないかい?
と思ったりもしました(笑)
とにかく、いろいろと
小学生の作文のように
最後はだらだらと書いてしまいましたが、
私の脳みそのレベルのこの程度です。
まとめると今回のペルーの北部は
新しい発見と感動がいっぱいのすばらしい旅でした。
感動をありがとう!!
次回はイキトスへのアマゾン河の支流を下る旅について
お送りする予定です。
次回お楽しみに!!
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□ 2『 ホームページの更新内容 』
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今回のホームページの更新内容です。
★☆★ ペルーの名所紹介 ★☆★
【 セチン神殿 】
今回ホームページのトップページの
紀元前2000年のセチン文化の
セチン神殿への行き方などの紹介です。
www.mucha-suerte.com/ciudad_peru/casma01.html#top
★☆★ 南米旅の写真館 ★☆★
【 クンツルワシ遺跡 】
上記で紹介したクンツルワシ遺跡の写真です。
クンツルワシ遺跡は1988年から2002年にわたって
東京大学の大貫良夫教授を中心に発掘作業が行われました。
www.mucha-suerte.com/photo/kunturwasi01.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kunturwasi02.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kunturwasi03.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/kunturwasi04.html#top
【 セチン遺跡 】
トルヒージョから南に2時間程度いったカズマにある
チャビンの祖先ではないかと思わせる遺跡です。
ジャガーとヘビと人間の一体化した
偶像が神殿の壁に彫られています。
www.mucha-suerte.com/photo/sechin01.html#top
www.mucha-suerte.com/photo/sechin02.html#top
【 南米でも日本のアニメ 】
南米でも日本のアニメは流行しています。
私が小学生のころに見ていたアニメが
人気があります。
やはりいいものは時代を超えるということでしょうか。
www.mucha-suerte.com/japon/manga01.html#top
【 南米でもNHKが見れる 】
南米にいてもケーブルテレビによっては
NHKを見ることができます。
NHKワールドとうものです。
便利な世の中ですね。
内容は外国にいる日本人と
日本に興味がある外国人向けの番組構成です。
NHKワールドのホームページもあるので
興味があるかたはご参照ください。
http://www.nhk.or.jp/nhkworld/index-j.html
www.mucha-suerte.com/japon/nhk01.html#top
【 ペルーのビール クスケーニャ 】
ペルーで世界的に有名なクスケーニャです。
クスコのビールです。
このクスケーニャの紹介で
ペルーのビールも残すはアレキパのアレキペーニャと
なりました。
クスケーニャは昔はうまいと感じたのですが、
味がかわったように感じます。
なんだか、バドワイザーの味に近くなった気がしました。
味が変わったのか、私の味覚がかわったのか
わかりません。
www.mucha-suerte.com/licor/cerveza_peru03.html#top
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□ 3 西語のことわざ『 No todo lo que brilla es oro 』
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これを訳すと
「 輝くもの全てが金ではない。 」
となります。
これをこちらの人に意味を聞いてみると
外見を豪華に着飾っていても
実は家庭内に深刻な問題があったり、
成功していても、実はその人自身が
幸せに感じていないこともあると言っていました。
私はこの説明をきいて
人間は複雑だから
外見とか、世間の評価だけでは
その人が幸せかどうかわからないということで
納得してしまいました。
ということで、今回は終わります。
以上。次回お楽しみに!!
・・・
ということではつまらないという読者のために
つまらない話を進めましょう。
外見と内面の違いということでつめていきましょう。
私がこちらの文化で思うのは
男性は男性らしく、女性は女性らしくするという
文化があります。
私が感じるに、ラテンの場合は
精神的なものよりも、肉体的な見えるところの
部分で、男性は男性らしく、女性は女性らしく
しているように感じます。
リーキー・マーティンのあのいい体を見てください。
ルイス・ミゲルのあのほとばしる汗を見てください。
とにかく、男性は胸板が厚くて、いい腕をしています。
パウリーナ・ルビオのスレンダーバディからあふれるお色気を感じてください(笑)
タリア、30過ぎててもセクシー過ぎます。
とにかく、女性はおっぱいがはみ出るのではないかというような
セクシーな服を着ています。
まとめるとラテンの場合は男性らしさ、女性らしさというのを
目で見て明らかなところで、勝負しているような気がします。
今日はあまり語る気がしないので
多くは語りませんが
目で分かりやすいところを重んじる
言葉の表面をそのまま飲み込むところからすると
ラテンは
「 Todo lo que brilla es oro 」
=輝くものすべてが金である。
の文化に感じます。
私は単純なほうが好きなので
男性はマッチョで女性はセクシーで
攻めていくのがわかりやすくて好きです。
それでは、失礼します。
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□ 4 終わりの挨拶 『 ペルーの一般的な日本人のイメージと私の雑感!! 』
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みなさま。こんにちは。
坂本英則です。
ペルーの人が持っている日本人のイメージは
どのようなものでしょうか。
ペルーといったら、日系人のアルペルトフジモリ氏が
大統領になったほどなので、かなり日本人のイメージが
具体的になっているのではないかと
思っている方も多いと思います。
しかし、残念ながら実際は東洋人を見るステレオタイプのイメージでしか
ないように感じます。
初めての人に会って、日本から来たというと
必ずといっていいほど、いわれるのは
「 フジモリに会ったか? 」
です。
私のような庶民がフジモリ氏ほどの大物に
会えるわけがないのはわかりそうなものですが、
ペルーの人は子供心が強いので
思いついたことはすぐに口に出すのでしょう。
私が庶民と話している限りでは、
日本人は中国人と韓国人と同じであるといってよいと思います。
こちらの人のほとんどは違いはわかっていません。
私たちの立場だと、日本と中国と韓国の違いが
分からないなんておかしいということになるのでしょうが、
実は私たち日本人も南米のことを具体的に
イメージできないので一緒ではないかという気がします。
ペルーとエクアドルとボリビアは
どう違うっていっても
具体的に説明できる人はそうはいないでしょう。
エクアドルにいたっては、世界地図で指せない人も多いと思います。
私がこちらで尋ねられる質問ナンバースリーを
三位からあげています。
第三位 「 ジャッキーチェンは日本人か? 」
いやあでましたね。この質問。
これは旅行者なら間違いなく尋ねられたことがあると思います。
第二位 「 ブルースリーは日本人か? 」
またずっこけそうな質問ですが、
こちらでは、ブルースリーとジャッキーチェンは大人気です。
東洋人といったら、やはりこの二人なのです。
またペルーではフジモリ大統領です。
フジモリ氏が大統領にまで登りつめているので
日本人は頭がいいというイメージを持つ
ペルー人もいるようです。
堂々の第一位 「 カンフーできるか? 」
ズコ〜!!
やはり第一位もこけました。
やはり、庶民の情報源はなんといっても
テレビです。
ですからテレビで見たイメージをそのまま
持っているのでしょう。
ただ、カンフーができて強いと思われているなら
それはそれでよいと思います(笑)
このイメージは私が子供のころに持っていた
中国人がみなカンフーで体を鍛えているというイメージと
そっくりです(笑)
また中国人はいつもラーメン食べてるとか
ウーロン茶飲んでるとか
そういう自分が子供のころに
持っていたイメージと似ています。
やはりテレビという媒体の影響の大きさに驚くかぎりです。
それでは、私が滞在していたイキトスのホテルには
ケーブルテレビがあり、NHKワールドという
日本語と英語で放送しているNHKの番組を見ることができたのですが
それを一緒に見たペルー人の友達の感想を書きます。
まず友達が日本人を見たのはアンダー20か22のサッカーの
国際戦でした。
彼女がまず私に質問してきたのが
「 みんな髪の毛が茶色いけど、地毛なの? 」
というものでした。
私は
「 地毛ではないよ。彼らはサッカーで成功している
スターだから、おしゃれで髪の毛を染めているのだよ。」
と答えました。
彼女の日本人のイメージは黒い髪なのです。
NHKワールドを見ているときも
子供が黒い髪をしていて
「 髪の毛が綺麗 」
といつもいっていました。
彼女いわく、
「 綺麗な黒髪をしているのに染めるのはおかしい 」
ということでした。
私も日本の中にいたときは
茶色とか、金色とか、赤色とか
別に自然な髪の色に見えたのですが
こうして海外に出てみると
すごい不自然に見えてきます。
すごい違和感を感じるのです。
あと彼女がテレビを見ていて興味を持ったのが
挨拶でおじきをすることです。
見るたびに笑っていました。
ところで、話はかわりますが、
海外のケーブルテレビで見ることができるNHKワールドは
海外にいる日本人と日本に興味がある外国人を対象にした
テレビ番組です。
日本のニュースや、日本の文化、海外安全情報、
日本語会話などの番組が主たるものです。
NHKワールドはとにかく日本の文化や地域に関する番組が
多いのが特色です。
30年前などに日本で流した番組を
再放送していたりします。
私はちょうど徳島の阿波踊りの番組を見ました。
日本人の私が見ても日本再発見という番組が
多いように感じました。
南米についていろいろ知ろうとしている私ですが
自分の国、日本についてまだまだぜんぜん知らないのだなあと
実感しました。
こういった番組が民放でやっていたのなら
イメージと現実のギャップはうまるのでしょう。
しかし、スポンサーがつかないので無理でしょう(笑)
もう少し情報インフラが進んできたら
テレビなどによって作られる画一的なイメージも
なくなってくるのかもしれません。
インターネット上のホームページを見るのが
テレビのチャンネルをかえる程度まで簡単にできるくらい
進化したらもっと多角的に文化を理解できるようになるかもしれません。
次回お楽しみに!!
ムーチャスエルテ メールマガジン 《 VAMOS 》
発行者:坂本英則
===========★VAMOS 第61号★==========2004/02/02(月) 発行===========
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