モアイの誘い ムーチャスエルテのジフ
ムーチャ・スエルテはスペイン語で『がんばって』という意味です!!

シカン博物館 7
シカンの文化 3
2003.10.18

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鉱物の取引
北のコロンビアからエメラルドと琥珀、 北のエクアドルのエスメルダからエメラルド、 エクアドルのイスラ・デ・ラ・プラタ(プエルト・ロペス)から コヌスとスポンデュラスといった美しい貝が、 ペルーの南のHuarcavelicaからはCinabrio(赤色で高貴なものを表すため) 、またマラニョン川からは金がシカンには入ってきました。 シカンでは銅がとれました。
盗掘のテクニック
バタングランデは盗掘が1920年代の後半から1975年くらいごろまで 続きました。これはテクニックを紹介する図なのですが、 穴は4メートルおきごとに掘り、内側から外側に向かって 2メートルずつ掘り穴は貫通します。 その途中に地層の変化などを発見した場合には もっと下まで堀ります。下に掘るより横に掘るほうが楽ですから 効率がよさそうです。またブルドーザーでまず下に掘るということも されていたそうです。

盗掘の穴
ポマックの森の中にある10万を越す盗掘の穴です。 バタングランデには盗掘によって、 財宝の部屋というものができたほどだったそうです。 盗掘に対する法が成立するまでは、盗掘無法地帯だったようです。
シカン王
シカン博物館にいるシカン王。 グループで組んで昔この土地で使われていたであろう モチカという言葉を使って祈りの儀式を再現してくれます。 実は彼がシカン博物館に売っている金に似せたアクセサリーを 作っている。この衣装ももちろん自作です。

シカン博物館のガイド
左からファン・カルロスさん。 セシリアさん。管理人。マリエラさん。 シカンの素晴らしさを日本のみなさんに もっと知ってもらいたいということで 私は無料でいろいろと教えていただきました。
穴掘り名人エクトルさん
島田泉教授の発掘に携わった エクトルさん。現在は博物館で働いています。 もしも島田泉教授がシカン王の墓を発掘するなら 絶対発掘に加わらせてもらうといっていました。 人柄から誠実さが伝わってきます。

フェルレニャッヘの入り口
チクラヨからフェルレニャッヘに行くと フェルレニャッヘの町への入り口に この大きな黄金仮面のレプリカがあります。
フェルレニャッヘの競技場の壁
門の横には競技場があり、シカン(ナイムラップ)の 絵が描かれています。

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